|
文:小出兼久 写真:AP通信

エルニーニョ現象は、世界中で頻発する気候変動の引き金となっている。エルニーニョ現象とは簡単に言えば、東太平洋の赤道付近海域の海面水温が平年より高いことを言う。
さて今、地球はエルニーニョ現象のさ中にある。昨年の5月末ごろ太平洋東側の赤道直下域で温暖化が始まったようだと伝えられると、その後数週間のうちに海水温の急激な上昇が見られた。そしてまだ続いている。2006年の年末から2007年年明けにはさらに強くなるだろう、と研究者は語っている。もっとも、1997年の時のような強さにまでは発達しないと付け加えられているが、どうだろうか?
気象庁によれば、気象庁が監視している、エルニーニョ監視水域の海面気温は、昨年の6月頃から基準値を上回る高温が続いている。12月の基準値との差は+1.1℃である。海温はこのまま冬は基準値をやや上回る値で推移し、春には基準値付近に戻り、収束する可能性が高いという。
→エルニーニョ監視情報を見る(気象庁)
解 説
エルニーニョって?
エルニーニョ(El Ni_o)は、 東太平洋赤道上で海水の温度が上昇する現象。スペイン語で「男の子」(イエス・キリスト)の意味。
現在では「エルニーニョ」というと「エルニーニョ現象」の事をさす事が多いが、厳密には両者は区別される。
*エルニーニョ クリスマスの頃に南米のペルー沖にあらわれる暖流(エルニーニョ海流)により発生する局地的、季節的な気象現象。
*エルニーニョ現象 世界的、長期的に発生する海水の温度上昇現象
ー出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
エルニーニョ/ラニーニャ現象
太平洋では通常、貿易風(東風)が吹いているが、赤道域で(自然と)暖められた海水はこの風で太平洋の西側(インドネシア付近)に寄せられ、かわって東側には冷たい海水が湧き上がっている。これを湧昇流と言う。ここでエルニーニョ現象が発生すると貿易風が弱まるため、暖められた海水はしだいに太平洋西側でなく太平洋中央に進出し、海水の温度が上がる。これにより世界各地で異常気象が発生する。エルニーニョは近年は約4年ごとに発生し、一度発生すると1年から1年半持続する現象である。
上昇する海水温は通常で1〜2度、最大で5度。発生のメカニズムはまだ解明されていない。
エルニーニョが発生すると、季節によっても違うが、夏ならば日本では冷夏となることが多い。世界では各地に高温、低温、多雨、少雨などが発生する。前回は2002年春〜02/03冬に発生した。
ラニーニャ現象(La Ni_a)は、エルニーニョ現象とは逆に、太平洋東側の赤道域で海水の温度が低下する現象。エルニーニョと同じく世界の異常気象発生の原因となる。ちなみに、ラニーニャはスペイン語で「女の子」の意味である。「アンチエルニーニョ」と呼ばれていたこともあるが、「反キリスト者」の意味にもとれるため、男の子の反対で「女の子(La Ni_a)」と呼ばれるようになった。
なお、エルニーニョ/ラニーニャ現象の世界共通の定義はない。
ENSO:エンソ。エルニーニョと南方振動(El Ni_o, Southern Oscillation)の頭文字をとって命名された。なぜこの言葉を載せるかというと、エルニーニョ現象というのは、海水温度の上昇だけではなく、大気と海水の相互作用であるからである。大気の現象である海面気圧のシーソー変化つまり、南太平洋東部で海面気圧が平年より高い時にはインドネシア付近で平年より低く、南太平洋東部で平年より低い時にはインドネシア付近で平年より高いという現象は20世紀初頭から知られており、南方振動と呼ばれている。現在では、この南方振動とエルニ−ニョ現象は、大気と海洋が密接に結びついて生じた同一の現象のそれぞれ大気側、海洋側の側面として認識されていて、このため、両者を併せたエルニ−ニョ・南方振動(ENSO:エンソ)という言葉もよく使われている。
ー出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ただし、一部編集している
|
エルニーニョの発生
エルニーニョとラニーニャの起因は完全には解明されていないが、大きな要因として、太平洋西側の赤道付近で東から西側へ吹きつける貿易風の強さが指摘されている。エルニーニョ現象により、結果としてこの貿易風は、強度が緩まるか方向が逆になる。それは西風バーストと呼ばれ、観測されている。
熱せられた海水は28°Cくらいならば通常は熱帯の太平洋赤道域の西側に留まっていて、その層は海面下数百メートルに及ぶそうだ。そして、海水がそれよりも温まりエルニーニョが発生すると、温暖な地表水は、東側へと移動する。西側の水位は下がり、東側は上昇する。海流やがて南アメリカ沿岸へと雨季をもたらしながら蒸発する。その間、太平洋の西側、インドネシアあたりでは、干ばつを経験することになる。もちろん季節によっても異なるが、凡その仕組みはこういうことらしい。反対に、ラニーニャが発生すると、太平洋南側の東貿易風は強化され、通常よりも暖かい水は太平洋の西側に蓄積されたまま。そして、太平洋の東側での干ばつと、西側での過度の雨季に結びつくことになる。
さてエルニーニョ現象が発生したかどうかの判断根拠となるのは、海水温度の上昇なのだが、「エルニーニョ現象とは、太平洋赤道域の中央部(日付変更線付近)から南米のペルー沿岸にかけての海域で海面水温が平年に比べて高くなり、その状態が1年〜程度続く現象」なんて言われても、その「平年に比べて高くなり」という文を改めて考えると「?」と思った人もいるのではないだろうか。その根拠は何?と。
そうして気象庁のページを見ていたのだが、その答えが基準値である。気象庁は平成18年3月に、エルニーニョ/ラニーニャ現象の定義に用いる海面水温の基準値を、従来の1961〜1990年の30年間の各月の平均値から、その年の前年までの30年間の各月の平均値に変更した。この基準値と比べて今の温度はどうなんだ、高いのか低いのか?でエルニーニョまたはラニーニャ現象の発生を判断している。
エルニーニョ現象の影響
で問題は何かというと、「エルニーニョ現象/ラニーニャ現象は、前年と比較して地球の気候変動の精度を測る、最大のものさしである」とのロンドン大学宇宙・気候物理学専門マークSaunders博士のことばが的を得ているように思う。エルニーニョ現象の発生を予測し、迫り来るかもしれない気候変動による被害を最小に抑えるのに役立てたいというのが、科学者の望みであるが、その契機となったのは、1997年〜98年におきたエルニーニョ現象とそれによる気象災害であった。

図は1997年12月の海面温度。
太平洋東側の赤道域の海水温が平年より5度以上上昇しているのがわかる(気象庁の計測域では+3.5度に留まっている)
このエルニーニョ現象は、この1世紀の中で2番目に大きいものにランク付けられるもので*、その結果は2,000人以上の死を引き起こし、約200億の地球規模の被害を残している。
*気象庁の発表によれば、エルニーニョ監視海域における平均海面水温の基準値との差は、1997年の11〜12月に+3.5度を記録している。これは、1950年以降では最大だという。
ここで思い出したのが、昨年秋にNHKで放送された、BBC制作の『エル・ニーニョ 地球規模の天変地異』である。この番組ではこの事件を取り上げて、北アメリカ・カリフォルニアの豪雨被害、ヨーロッパ東部での大洪水、東南アジアの大山火事、アフリカ西部でのコレラの大流行などの、このエルニーニョと同時期、1997年から98年にかけての1年に世界各地で相次いで発生した異常気象が、すべてエル・ニーニョ現象に起因するとしていた。大変興味深く見たのだが、ともかく、この事件を契機に、エルニーニョ現象は世界的な注目を得ることになった。
また、考古学資料は、エルニーニョ現象とラニーニャ現象が少なくとも15000年前に発生していたと示す。今から15000年前の氷河期を終わらせたのは急激な温暖化であるが、これはエルニーニョ現象によるとのことである。
海温の上昇がどう影響するのか。
それは、太平洋東側で大きなパワーを持つ圧倒的な積乱雲を生みだし、熱帯を中心に沿岸に大雨を降らせる。それは大気の均衡を破るものであるから、他方、アフリカに大干ばつやロシアには大冷害をもたらす、こうして地球規模の異常気象が生み出されるわけである。
エルニーニョ現象による季節それぞれの特徴を気象庁などから学んで総合すると、春の特徴は、日本から東南アジア〜マダガスカル諸島、アフリカ西部、南米西部、オーストラリア東部などの広範な地域で高温傾向になるという。夏は、インド、ヨーロッパ北東部、南米北部〜中部太平洋岸で高温ですが、東シナ海周辺や中国東北部、米国西部などで低温傾向。日本では、夏の日照時間が少ない傾向にあり、冷夏の傾向という。秋も低温傾向だが、冬は暖冬傾向のようだ。地域によりバラツキ有り、梅雨に対する影響は、梅雨入り・明けともに遅くなるようだ。但し、ここに挙げたすべての傾向は、エルニーニョ現象のない同時期と比べたときの傾向で、高温とか低温は絶対的な物差しとしてのそれではない。
今年のエルニーニョ現象
さて今年継続中のエルニーニョ現象であるが、アジアやオーストラリアの各地に干ばつをもたらし、豪雨や洪水をラテンアメリカへもたらすと予測されている。米国の国立大洋大気研究所(Noaa)の科学者は、大西洋での2006年のハリケーン・シーズンが今までのところ予測されたよりも弱かった理由は、この最近のエルニーニョ現象が説明するのではないか語っている。つまり、エルニーニョ現象とそれに伴い発生する風は、豪雨の発生を分裂させて弱体化するという。
研究者は、この冬は、北米のほとんどの地域で平均よりも暖かい冬となること、そして米国湾岸とフロリダで雨の多い気候となることを予測している。例年よりも乾燥した気候がインドネシア、マレーシア、フィリピンと新しいエルニーニョ現象の影響を最初に示す地域にもたらされると語っている。その現象の初期の兆しは、その直前の気候よりもいくらか暖かくなることであるという。
「太平洋東側では寒流が、南アメリカ沿岸上から赤道の方向へと弱くなるように流れているが、これは、エルニーニョ現象が南アメリカから発達することを助長するだろう。その結果、気温はかなり上昇する」と気象学のオーストラリアの事務所のハーヴィー・スターン博士もコメントしている。「我々は数年前に、海水温度が基準値よりも摂氏で4度〜5度上昇したことを経験しているが、現在の状況は基準値よりも約1度〜2度の上昇で推移している。このため、1980年代の初めに我々が受けたようなひどい状況だとは言えない。」とも。
今現在、多くの国と地域で、この影響が徐々に現れてきているのではないだろうか。我々はこのことを真に受け止め現在の環境について真剣に取り組まなくてはならない。一般にエルニーニョ現象の天候への影響は、熱帯で直接的であるのに対して中・高緯度では間接的である。ちなみに日本では今のところ、冒頭にあげたようなことしか発表されていないようだ。
過去25年の間に、エルニーニョ現象の発生は地球の温暖化と某かの関係があるのではないかという見方が優勢になっている。実際、2001年に出された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第三次報告書では、地球が温暖化したときの海面水温の上昇傾向はエル・ニーニョ現象のそのパターンになると予測されている。が、しかし、1998年8月以降に頻発するラニーニャ現象の持続性もあり、温暖化がエルニーニョを頻発させたり暴走させるのか否かについては、決め手となるものがないのが現状である。
| エルニーニョ現象 |
ラニーニャ現象 |
| |
1949年夏〜 50年夏
|
|
1951年春〜51/52年冬
|
|
|
53年春〜 53年秋
|
54年春〜55/56年冬
|
|
57年春〜 58年春
|
|
|
63年夏〜63/64年冬
|
64年春〜64/65年冬
|
|
65年春〜65/66年冬
|
67年秋〜 68年春
|
|
68年秋〜69/70年冬
|
70年春〜71/72年冬
|
|
72年春〜 73年春
|
73年夏〜 74年春
|
| |
75年春〜 76年春
|
|
76年夏〜 77年春
|
|
|
82年春〜 83年夏
|
84年夏〜 85年秋
|
|
86年秋〜87/88年冬
|
88年春〜 89年春
|
|
91年春〜 92年夏
|
|
|
95年夏〜 96年冬
|
|
97年春〜 98年春
|
98年夏〜 2000年春
|
|
2002年夏〜 02/03年冬
|
|
|
2005年秋〜 06年春
|
出典:気象庁 エルニーニョ現象及びラニーニャ現象の発生期間(季節単位)
例えば、海岸沿いの砂漠地帯は、雨が少なく、そこでは昔ながらのアドベという日干し煉瓦で作られた建物がよく見られる。今年のようなエル・ニーニョ現象による大雨が続くと、アドベの表面は流され、風化にも一役買うことになる。思えば建築物というのは、各地各地の気象に基づいて発達してきたわけで、そのおおもとの気候が変わってしまえば、長い目で見れば、住み心地に影響出、ひいては機能に重大な不都合が生じないとも限らない。もちろん生活にも支障がでる。豪雨だけでなく、一方で大干ばつや冷害ももたらす。エルニーニョが古代文明を滅ぼしたと言われるのもわかる気がする。
この冬は昨年に比べると暖かいが、これがエルニーニョ現象のせいなのか、地球温暖化のせいなのか、正確のところは誰も断じられない。というのも、一般に、ある現象が及ぼす影響について研究しそれをそうと断定するには、他の要因は排除して、純粋にその事象だけに注目しなければならないからだ。いかんせん、現象は並存しているので難しい。
気象庁によれば、日本の気温の長期的な変化傾向としては、1980年以前は低温が出現しやすく、1980年以降は高温が出現しやすいと述べている。日本の天候への、エルニーニョ/ラニーニャ現象の影響を考える場合、この長期傾向を除かなければならないし、海水温度にしても10年単位の間隔で見れば、上昇傾向なので、基準値が低いままであると、下駄を履かせたようなもので容易くエルニーニョ現象発生となってしまう恐れがある。昨年の気象庁の基準値など一連の改訂はこんなところに理由があるのだ。
温暖化、エルニーニョ、ヒートアイランド・・・
私たちを取り巻く気候環境が今年も厳しいであろうことは、間違いのないところである。
その中で科学者だけにまかせずに、それぞれの立場で出来ることがあるはずである。
第13回へ / 第15回(最終回)へ
|