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文:小出 兼久 2006.04.07 写真:AP通信

地球温暖化は大見出しで報じられる。しかし、少なくとも世界の一部分では、過去半世紀に関連して報道されているに過ぎない。それはどこか? 南極である。
*B面=表に対して裏の面という意味(Flip Side)
南極の気象
南極気象の研究報告書によれば、気候変動は諸学問が抱えるそれぞれの分野の主要問題を明らかにし始めた。
例えば、アイスコア*1(氷のサンプル)は、気侯が常に変化する証であり、氷から取り出した微量の空気を分析することにより、気圏*2の二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスの濃度変化と気候変動、特に気温とのつながりを明らかにしてくれる。今日の人間の活動が広大な地域や未知の分野へと広がり、先例がないほどの速度で温室効果ガスが増加する中にあって、南極の気象観測は、残された過去から学ぶこと、将来に善処する可能性を示す。
*1) 氷河の深い部分などから掘り出された氷のサンプル。その氷ができた時代の空気などを含むため、過去を知る手がかりとなる。 *2)気圏=地球を包んでいる大気のある範囲。大気圏。
実際、極地の気候変動は、他所に影響を及ぼす。無氷海面が増え、南極の棚氷が後退するという変化は、ガルフストリーム(メキシコ湾流:メキシコ湾から北進し北極海に入る暖流。 ヨーロッパ西部はこのため冬期温暖になる)の速度を落としたり、流れの方向を変えさせるかもしれない。すると新たな環境が生まれる。生活も産業も生態系も、近隣だけでなく日本でも何もかもが変わるだろう。
いうなれば気侯変動についての調査結果は、現在多くの他の分野で必要とされているのである。
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我々の都市気象観測も3年を過ぎたが、年々都市特有の気候変化あるいは地域特有の変化に最大の関心が集まるようだ。都市の「緑・水」に関連する生活環境の質は、今後より深刻な危機にさらされる可能性がある。そしてその改善策は、ひとつの分野あるいはひとつの業界だけで考えるのでは根本の解決にならなくなる。何しろ環境はつながっているので、ある目標や対策のためには、多くの分野での研究と、それらを包括的に生かす視点とシステムが必要となる。
ところで、ひとつの地域の気候もまた、別の気候とつながっている。これもまた真実だ。ならば世界気候の変動の趨勢を知ることは、地域気候同様、重要な意味を持つ。
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南極観測で有名なのは、著名な科学者を有する英国南極調査局(BAS)である。BASは、生の気象データを収集し、気候変動後の南極の気象についてと変動の原因を分析する一方で、未来の気候についての天気予報や予測の質を改善するため、実験を行なう目的でも気象学者を用いている。氷河学者は、大陸氷河の安定や変化の可能性を探り、過去何千年・何万年から、未来何百年までの深遠な気候状況を研究している。海洋学者は激しく変化する南大洋(南極海)を研究している。また、海洋生物学者は海洋生物が海洋の状態を変化させる影響を研究している。
陸地生物学者は、周期的なオゾン・ホールの存在によって生じる紫外線について、寒さや乾燥など既に強調されている生態への影響を研究する。地質に長い年月が過ぎ去り、気候の変化に従ってことなる海底の沈殿物は、地質学者に南極の大陸氷河の発達と後退の証拠を提供する。また、気候変動の大部分は「エル・ニーニョ」のような周期的現象であるため、気候変動を基準化して評価しようとするならば、長期的なモニタリングが重要になる。
オゾン・ホールについて最近、大気の深さの中での収縮に関する発見がされた。注意深く収集された過去30年間以上のデータ記録によって立証されている。
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我々が現実に直面している温暖化を様々な側面から調査することは、都市においてあるいは地域開発において重要な意味を持っている。気象観測はランドスケープにおいてかなり重要な意味を持つようになった。
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南極の氷床と海面上昇
気候変化が極地の氷床*3 崩壊と関連しているのではないかという推測は多い。
気象変動に関する政府間パネル(IPCC)は、2100年までに世界の平均気温は最大で1〜3.5°C上昇するだろうと予測した。(1995年の報告書)そこで示される「最善」の推定値は2.0°Cである。しかし、地域における変化(局地気候)は、おそらく平均とは異なる値を示すと考えられる。
地球が温暖化すれば、暖かく湿った(水蒸気を多く含む)空気が極地へと流れ込み、極地での雨水が増加する。その結果、氷床はより厚くなるはずである。また南極大陸ではおそらく北極地方ほど温暖化にならないとの予測もある。しかし、他の場所の記録が気候変化を全く説明しないのに、南極大陸の気象記録は予測よりも温暖化を示している。南極では地球平均の3倍の速さで温暖化が進んでいるが、誰もその理由を解明できていない。
*3)氷床・・・広大な陸地が厚い雪氷に覆われたもの。海面上に張り出して浮かんでいる棚氷*4を含めることもある。現在の地球上では南極大陸とグリーンランドにみられる。
*4)棚氷・・・ほうひょう(たなごおり)海面上2〜50m又はそれ以上のかなりの厚さで,海岸に固着して浮いている氷床。
以上2つ(社) 日本雪氷学会北海道支部より引用

(c)BAS英国南極観測調査局 棚氷の姿。崩壊の危機にある。
現代の氷床
南極の氷床は降雪と霜で作られる。
できた氷床は、氷山という形で分離して小さくなり、棚氷の底は1年中海水に融解している。さらに、夏季には温暖な位置で氷床表面も少し溶融する。
この2つの作用を利用して、氷床の成長もしくは縮小を判断することができる。雪の蓄積時と氷の損失時の氷床を測定して差を求めれば、氷床の質量の変化を評価することができる。しかし、残念なことにこの方法では、大きな不確実性を起こしやすい。
もう1つの方法が最近始められている。衛星高度計(レーダー高度計)を使用することである。それによれば、ほとんどの氷床が平衡を保つために接近していると説明されている。しかし、衛星データの研究は最近の3〜4年間に限られ、また、氷床全体がカバーされるとは限らない。ただ興味深いデータが報告されている。
現代の海面上昇
海面は年間約2mm上昇している。過去5000年の間は年間1mm未満であったので、速い比率である。しかし、次の80年間に予測される平均比率は年間5mmとなり、さらに速くなる。
前世紀に、何か海面上昇率を加速させるのに重要な役割を果たしたプロセスの存在が確信されている。それは、海洋の熱膨張によって上昇する海温の影響とアルプス山脈、アンデス、ロッキー山脈などの中緯度氷河の損失ではないかと考えられるが、科学者は、海面上昇に関する研究の中でグリーンランドと南極の氷床が果たす役割については、まだハッキリとした答えが出せないでいる。
 (c)BAS英国南極観測調査局
南極大陸は氷床で被われている
南極半島の巨大棚氷の崩壊
南極半島周囲にはいくつかの棚氷*4 がある。棚氷の大きさは、南極遠征隊からの報告書や航空写真、衛星画像など様々なデータを使用して計測されている。報告書によれば、1950年代以来すでに約8000kmが失われているという。また、同時期に測候所で気温の上昇を測定した記録がある。と、夏期温度2°Cと棚氷は関係があるようである。つまり棚氷には存続するための気候限界が存在する。そして、進む温暖化はこの限界の南下をもたらす。今その限界を越えたため、ワルデン棚氷、プリンスグスタフ海峡棚氷など、棚氷は後退しはじめた。なかでも、1995年1月に起きた巨大棚氷ラルセンAの最後の大崩壊は、多くの人々が温暖化について認識する(その適否はともかくとして)きっかけとなった。わずか50日間でラルセンAは、無数のフットボールサイズの氷山へと解体し、1,300 km2の氷が失われた。続いて巨大棚氷ラルセンBも、同じ年の2月に2,600 km2(ルクセンブルクの面積と同程度)が崩壊し、2002年にはついに残りの厚さ約200m、面積約3250km2が、1ヵ月で大崩壊して、小さな氷山や氷のかけらになった。これはBASにより報告されている。
こうした棚氷の崩壊を見れば、温暖化が崩壊を引き起こしたように思えるが、実はまだはっきりしていない。同じ2002年1月発行の『サイエンス』誌は、氷床の新しい測定(前述のレーダー高度計)によって、西南極大陸の氷の厚みが増大していることが判明したと報じている。氷床は溶ける一方ではないようである。この地域の気候は自然サイクルで、温暖化の影響がでやすい。もっとも、南極の気候変化は地球の気候変化と関係する。温暖化が継続する場合、より多くの棚氷が脅かされることになるのは確かなようだ。

(c)National Snow and Ice Date Center
ラルセンB棚氷の大崩壊
南極氷床の未来
科学者は、南極の棚氷が後退すれば、氷床が崩壊する・・との確信を持てない。西南極大陸の氷床が全部溶けてしまったら、海面を平均6m上げるという推測もあるが、他方、この見方に消極的な意見がある。これらの棚氷は幸いに南極半島の西部の長い海岸線にあり、また西南極大陸の気候はかなり寒いので、恐らく次の200年間は氷床は溶けないのではないかというのである。気象変動に関する政府間パネル(IPCC)も、2100年までに西南極大陸の氷床の崩壊して海面が上昇する可能性は低いと評価している。そこに『サイエンス』誌の氷床厚増加の記事である。氷の融解(崩壊)と氷の凝結、気候はどちらをより速く進ませるのか。私見ではどちらかというと、氷床崩壊がますます進行する可能性が十分にあると思う。
今年2006年1月に英国政府が公開した報告書によれば、気候変動の脅威はこれまでの予測以上のもので、地球温暖化は抑制できない速さで進んでいるという。今回のBASの責任者を務めるラブレー教授は、西南極大陸の氷床は実際に崩壊を始める危険があり、前回のIPCCの報告書を批判している。いずれにせよ海面上昇は、我々人間の活動が鍵を握っているのではないだろうか。
地球温暖化は、我々の周囲ではっきりと目に見える形で現れている。それを、最悪の事態を見ないで認識ししかも回避する手だてはないのかと思う。ここ数年間、独学で気象観測データを分析してきたが、その中でも変化は確かにあり、時に体で感じられるほど、重大な様子が伺える。特に大気に対して感じる。都市の気温、風、大気に今何が起きているのか、そのことが理解できない限り、例えば植物の知識だけ持ってみても何の役にも立たない。
観測は計画の目的を設定し、計画が目指すゴールを実現すべく活用すべきだが、
温暖化の正誤や光と影の両面を捉え、常に比較検討する姿勢で データと向き合わなければならない。
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