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文:小出 兼久 2006.03.03 写真:AP通信
世界健康機構(WHO)は、昆虫によって運ばれる伝染病の増加は、地球温暖化と結びついている可能性があると報じている。WHOは、マラリアや脳炎などの蔓延に備えるため、各国政府に緊急の措置をとることを要求している。
地球温暖化は、大気中に二酸化炭素などの温室効果ガスが増加し、地球の熱量が大気中に閉じ込められて起こる。例えばヨーロッパの平均気温は、ここ1世紀の間に0.8度上昇している。日本でも平均気温は、2004年までの約100年間で1.0度上昇している。このままいくと世界の平均気温は、2100年までに3.5度上昇すると予測されている。
これは、大気中の湿度が変化し、洪水のような非常な降雨や、それまでになかった地域での干ばつなど、多くの新しい降雨パターンを伴っている。そして、ダニや蚊、ネズミなどの病気を伝播する有害生物の増加に結びつく。温暖化は、それまでの気候分布図を大幅に塗り替え、生物の繁殖地が変わり行く中で、熱帯の有害生物が温帯へと侵攻する。そして、その繁殖が温帯の湿地帯で多く見られることになる。
このことは、人間の伝染病問題だけでなく、我々の仕事(ランドスケープ)に用いる植物や土壌においても、変化をもたらすであろうということで、すでに変化の徴候は、年々、そこここで見られている。
WHOは1999年の時点で既に、ヨーロッパのアゼルバイジャン、タジキスタンおよびトルコ共和国の3ヶ国をマラリアの発生する危険地帯と指定した。そしてさらに、恐らくマラリアは東ヨーロッパから西ヨーロッパにも蔓延するだろうと指摘している。
以前では考えられなかったことだ。ここ数年の観測を通してみても、変化は著しい。特に、北ヨーロッパがより温暖になれば、ダニ(脳炎とライム病*1の原因)やスナバエ(リーシュマニア症*2)の寄生する生物の生息域が拡大し、深刻な問題を引き起こすことになる。日本ではマラリアを媒介する蚊は、現在沖縄の南西諸島にのみ生息しているが、気温が上昇すれば、蚊の分布域が拡大し、マラリアやデング熱などの感染症が増加する可能性がある。
地球温暖化は、動植物に様々な変化をもたらすとともに、我々人間社会にも、早い速度で潜入してくる。我々は地球温暖化をあまりにも軽視してはいないだろうか?病原体の汚染が広まれば、地球全体の経済にも大きな影響が出る。それぞれの国の対策や予防策はどこまですすんでいるのだろうか?地球温暖化の進行は、感染症の蔓延域の拡大という大きな影響を及ぼし、我々は死と隣り合わせに存在していることを意識しなければならないことになる。
*1ライム病…野ねずみや小鳥などを保菌動物とし、野生の マダニによって媒介されるスピロヘータ感染症。1975年にコネティカット州ライム地区で集団発生したのでこの名がある。日本では1986年に最初の症例が報告され、それ以後約80例の報告がある。
*2リーシュマニア症…サシチョウバエ(日本にはいない)が媒介する寄生虫症で、人と動物の両方に感染する。現在熱帯の開発途上国を中心に数千万人の感染者が存在する。最近では薬物常用者などで人から人への感染が見られるようになり、アフリカではAIDSとの同時感染が深刻な問題となっている。病型は3種に大別され、日本ではそのうちの2種が時に輸入感染症として見いだされるのみだが、今後日本でも人から人への感染も十分にありうる。
マラリア

マラリアを媒介する蚊の吸血により感染する
マラリアは、世界の90以上の国々で公衆衛生上の問題により、毎年15〜27万人が死亡する感染症である。マラリア原虫を持つハマダラカ属の蚊に吸血されて感染する。症状は、繰り返す高熱、疲労、頭痛、吐き気、筋肉疼痛などで、治療をしなければ、うわごとや痙攣もでてやがて死亡にいたる。早期治療により治癒可能な病気である。
特に途上国の衛生事情を指摘し、当該国への旅行者には、行く前にマラリア予防の薬や感染に関する知識、情報が必要だと注意を呼びかける国もある。但し、誰もマラリアの感染から100%保護できるものを提供することはできないという。
AIDS
AIDS(後天性免疫不全症候群:エイズ)は、HIVウィルス(ヒト免疫不全ウイルス)が人間から人間へと血液を通して感染し、発症する病気である。HIVのキャリアが即AIDSというわけではなく、HIVは時間とともに(1年〜10年)、外部からの感染に対処する身体能力を低下させ、AIDSを発症させる。発症しない人もいる。AIDSを発症し免疫不全となると、結核のような感染症は命取りとなる。現代では、HIV陽性の段階で抗ウイルス治療を行い、AIDS発症を数年以上先に延ばせると言うが、必ず完治する保証はまだない。
AIDSは、血液製剤や輸血、母子感染などもあるが、一般に、同性間・異性間での無防備な性交によって広げられた可能性が多く、特に発展途上国の感染は、内戦や地域社会の問題でもあった。しかも、これらの国々では、免疫の抵抗性は、乏しい栄養や公衆衛生事情のため、全般的に少ない。そして結果的にAIDSが末期段階にまで進行し、易感染症による死亡率が断然高くなっている。気候が直接関係するわけではないが、気候の変動が公衆衛生や食料事情などに影響し、間接的にAIDS治療に影響を及ぼすのは間違いなく、治療薬の高価格化など、途上国が抱える問題は大きい。発展途上国などで爆発的に増加しているAIDSであるが、ちなみに平成12年の時点では日本の患者は約2300人、キャリアは約5000人で、実は先進国の中で増加をつづける国となっている。
結核

貧しい居住水準は人々を病に対して弱くする
結核は、結核菌によって肺に炎症を起こす病気である。飛沫(空気)感染する。その症状はしつこい咳に始まり、吐血、発熱、寝汗、減量および疲労などがあらわれる。世界では年に900万人が結核にかかり、200万人が亡くなっているが、特に発展途上国で子供が発症する確率が高い。WHOはイギリスで毎年5〜6000人が外国旅行先から感染した症例を報告している。日本では毎年22万人(平成16年で29736人)が新しい患者となり、年に2000人が死亡している。ちなみに、結核とHlV/AIDS、マラリアは3大感染症と言われるが、この3つは世界で毎年約600万人の生命を奪っている。
結核は一旦感染しても、普段は肺で休眠状態にあり、身体の免疫系が弱まったり、高齢になってから、病気へ発展する。結核菌は、繁殖力の高い菌ではないがしぶとい。治療は、6ヶ月の間抗生物質を服用すれば治癒する。しかし、途中で服薬を止めてしまうと、菌が薬への抵抗力をつけて薬が全く効かない多剤耐性結核菌になることもある。過去に比べ、症例は少なくなっている。これは今日の抗生物質の発展と進歩によるものである。日本では、平成17年に結核予防法が改正され、乳幼児へのBCG直接種、リスクに応じた健康診断の実施、DOTS(直接服薬確認療法)体制の強化、国や地方自治体による結核予防計画の策定などが盛り込まれた。
麻疹

結核も麻疹も予防接種で防げる
麻疹は近年まで世界中の子供の間で流行していた。特に、栄養も居住水準もよくない発展途上国ではかなり致命的な病気であった。
この病気の根絶に力を発揮したのは、生後約14ヶ月の幼児から与えられる、MMRワクチン(新三種混合:麻疹、風疹、おたふく風邪)の予防接種である。しかし、ワクチン接種の副作用による疾病*4が予想より高い率で発生し、別の形で予防接種が行われるようになった。
*4無菌性髄膜炎…MMRワクチン予防接種を受けた約1000人に1人が、おたくふかぜワクチンの副作用により発症する。発熱と嘔吐が3日程度続く。命に別状はないが、現在日本では、麻疹と風疹ワクチンはそれぞれ単独接種され、おたふくかぜワクチンは、接種希望者にのみ行われている。
そして、公衆衛生の専門家は、新しい伝染病が起こりつつあると警告している。
下痢

きれいな水は、下痢の発生を防ぐ
<コレラ>
赤痢とコレラが蔓延する主たる原因は、不衛生な給水である。赤痢やコレラは、治療可能な病気だが、それによって引き起こされた脱水症状で死亡に至ることがある。いずれの病気も発展途上国で流行している。原因は、給水が汚染され、清潔で効率的な汚物処理装置がないことにある。最近ラトビアなどの東ヨーロッパ諸国で、汚水の供給によりコレラが発生している。
<集団食中毒>
また、世界的に集団食中毒の発生数に大幅な増加がみられる。
食中毒を起こす細菌はさまざまあるが、比較的新しいのは病原性大腸菌のO-157で、これは、1982年に米国でハンバーガーによる集団食中毒として世界で初めて発生し、後に世界各地で報告されるようになった。日本では1990年に幼稚園の井戸水汚染で死亡者2人をだしたのが最初で、1996年には堺市で小学校給食が汚染されるなど全国で爆発的に発生し1万人を超える患者が報告されている。O-157は最近スコットランドでも発生し、持病のある高齢の患者を多数死亡させたが、O-157は高齢者や乳幼児以外にはめったに致命的ではない。
<河川汚染>
隣国の中国で、2005年に起きた河川汚染事故(吉林省)は最大規模である。このことに関して中国当局は正式な汚染状況を公表していない。このため住民は最大の汚染に直面している。一方、雪解け時期に再び汚染が拡大するだろうと、より深刻に受け止めているのはロシア政府である。
急性呼吸器感染症
肺炎は、ウイルスや細菌、寄生生物によって引き起こされたさまざまな肺感染症を表すのに使われる用語である。すべてに共通の症状は、熱や咳、呼吸促迫、胸痛などで、さらには身体が肺によって充分な酸素を受けていないことを示し、口や指先が青みを帯びたり灰色になることもある。最も危険な肺感染症の1つは、現在世界の多くの地域で予防接種されている百日咳である。発展途上国の幼い子どもたちは、その多くが貧しさの中にあり、いずれの感染も退けるのは非常に困難である。呼吸器感染症は初期の伝染性が非常に高く、くしゃみや咳の飛沫感染で広がる。あるいは不衛生な地域からの渡り鳥の糞尿などによって、遠方の地域までもたらされると考えられる。
以上、さまざまな病気の羅列になってしまったが、これらがどのように引き起こされているのか、一筋縄でくくるわけにはいかない。生活環境、貧困、因習、年齢・・・そしてそこに、気候変動や水などの環境汚染や、食物事情、生態系の変化などが複雑にからみあう。何をどうしろとは言えないが、どこからか糸口を見つけて、できることはありそうである。ランドスケープにまるきり関係がないとは言えないのが、近頃の私の意見である。
詳しい情報は下記
全国結核センター http://www.nationaltbcenter.edu/
公衆衛生衛生試験所 http://www.phls.co.uk/
AIDS研究 http://www.avert.org/
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