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第6回:英国を襲う渇水の恐怖
文:小出 兼久 2006.06.02 写真:AP通信

英国環境局によれば、イングランド中・南部で水不足が深刻になっている。実はいま、過去100年間で最もひどい渇水の危機にさらされている。
イングランドのサセックス県、サリー県、ケント県では、すでに何百万という家庭が、水道局のだしたスプリンクラーやホースの使用禁止という水法令に従っている。一部の地域では、渇水指令もでている。政府機関は、貴重な供給の維持に向けて、深刻な水不足にある地域の水道会社に、給水制限を要求しているという。
しかしどうして、まだ夏の数ヶ月前に何百万もの家庭への水供給が危機に瀕しているのだろうか。

イングランドとウェールズの過去平均月別降雨量と2004-6年の月別降雨量対比グラフ
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渇水とは何か
渇水という状態は複雑だ。いつも発生時期と期間と影響は一定でないので、実はこれだと定義するのが難しい。英国の資料によると、1990年に起こった渇水はひとつの地域だけで、高い水需要が発生したために生じている。英国の専門家たちの間では、暑く乾燥した春や夏に短期の渇水が起こるのは当たり前のことと見なされていたが、その後の研究で、1976年の大渇水が、1975年の冬と1976年の夏の乾燥がもたらした結果であることがわかってきた。
英国では、秋から冬(10月〜3月)は一年で一番多く雨が降る時期で、この時期の雨が貯水池や地下水を涵養するおかげで、春や夏の時期に水が安定供給できるという。現在のイングランド中央および南部地域の水不足は、去年今年と冬の時期が2年に渡って乾燥し雨不足だった上に、詳しく言うなら、昨年11月〜今年5月までの平均降雨量が、平年の6割程度という結果による。いまや夏に向けて水不足の危機が迫っている状況である。わずか北部だけが、ほぼ平年値の雨量となったが、それ以外の地域では、現在までに例年通りの地下水が十分に補充されず、その結果ほとんどの地域で地下水位が平年値よりマイナスに転じている。

記録された地下水位と長期平均との差
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英国人の水使用量
地域によって違いはあるものの、英国人は平均すると毎日150�Pの水を使用している。中でもロンドン市内では平均170�Pもの水を使用しており、平均的水量とさらに約20�Pのひらきがある。
地下水
地下水というのは、淡水中でもっとも手軽に利用できる水源である。手軽にというのは、処理や施設の問題上の意味でである。
水はふつう、地下へと浸透する過程で、不純物をろ過する帯水層をゆっくりと「流れる」ときに多孔性の岩の中、地層に保たれる。つまり地下水は、自然プロセスですでにある程度のろ過がされている。このため、飲用にもわずかな処理しか必要とせず、理想的な水源なのである。降雨があっても地表水が多く流出してしまう中で、貯水池が乾燥により容易に水位が後退する中で、地下水は貴重な水源である。
水不足が自然に与える影響
水不足で困るのは我々だけでない。科学者は、降雨不足が原因で、樹木や魚類の中には生存の危機に瀕するものが出ると警告する。
現在の英国の地下水位と河川水位は、例年の同時期よりもかなり下がっている。このため、魚の産卵場所の確保が難しくなり、将来の魚数への影響が心配されている。また、湿地帯に生息する鳥の集団にとっても、乾燥による湿地の移動や減少と食料不足から、巣ごもりに影響がでるといわれている。同様に、ブナ、カバのような浅根性の樹木についても、土壤の浅層は深層よりさらに水が少なく十分な水を吸収できないため、多くが枯れてしまうだろうと予測されている。
では、イングランドの渇水問題はどう解決されるのだろうか

イングランド南部における水制限策の発令
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水道会社の渇水対策
1)ホース使用の禁止 Hosepipe ban
英国の水道会社は、渇水対策として、政府や環境局の許可を得なくとも、家庭でのホースとスプリンクラーの使用を禁止できる権限を持っている。これはHosepipe banと呼ばれる法令で、ホースやスプリンクラーで庭に水をまいたり、洗車をすることを禁止している。違反すると罰金に処される。この法令では、洗車場やガーデンセンターのような商業使用は免除されており、また家庭でも、今までどおり、プールとバスタブを満たしたり、車道、中庭、道を洗い流すための使用は認められている。
サットンのサットン&イーストサリーウォーター社は今年3月に、イングランド南部のテムズ・ウォーター社は4月に、そして、他のサセックス県やケント県などをカバーする水道会社も今までに、皆10数年ぶりにこの法令を対象家庭に通達している。
2)渇水命令 Drought order
さらに、水が極端に不足したら、水道会社は渇水指令 Drought orderの通達許可を環境局長官に申請することができる。この指令は、ホース使用の禁止よりもさらに進んだ段階の渇水対策で、水の利用が必要な場合でも、それを制限することができる。通常は、日中のある一定の間、家庭と商業施設の両方に対する水供給を止め、水を配給制にする。
いまのところ地域の中では、5月15日にサットン、サリー州東部の一部地域で渇水指令が許可され、5月末から施行されている。この指令で禁じられることは次のような行為である。
(非重要物に対する)渇水指令で禁止される行為
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公私、分担金を問わず、公園、庭、運動場などでのホースとスプリンクラーによる水まき
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医療用治療以外の私有プールにおける一切の水補充
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養魚池以外の装飾的な池の水補充
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自動手動を問わず、機械式の洗車場の操業(一部例外あり)
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安全と衛生以外の理由による、自動車、船、列車、航空機の洗浄
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窓以外の建物外部の清掃
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安全と衛生と植物への水やり以外の理由による、商業建物の清掃
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ホースやスプリンクラーを使った窓の清掃
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装飾的な水装置(噴水やカスケードなど)の運転
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建築物に人がいないときのトイレ水槽の自動洗浄
渇水指令はまた、水道会社の購入できる水量の制限を変更できる。これはつまり過去の歴史にもあるように、水道会社が、水不足にあえぐ地域向けに、水を豊富に持つ地域や国から水を購入して供給する方法が使えることを示す。このシステムを構築し作動するには、非常に多くの費用を必要とし、また、配管に必要な水量を送るためにはポンプが要るため、当然膨大なエネルギーを費やすことになるのが欠点だが、近隣の水道会社間では行われているようである。
例えば南部の水道会社は、渇水指令許可を受け、西にあるローザーリバーから多くの水をとることを許可されている。サットンに水を供給するサットン&イーストサリーウォーターも同様のことを行っている。当初得られた許可は2か月で、5月末日で終了する予定であったが、現在、6ヶ月延長されて、10月までの許可を与えられている。
しかしながら、このような方法は環境によっては有害な影響をもたらすこともあるだろう。
今のところは以上のような現状であるが、いつ渇水指令が全土へと広がりを見せるのか。それとも、過去2年のように、夏場の雨が多く降り、渇水は解消されるのだろうか?以前の英国では冬に多かった雨が、夏に多くなるようなきざしなのだろうか?
関心はつきない。
日本では、このような状況は「対岸の火事」としか映らないだろう。ましてや先月5月は雨量が多く日照量不足という、まったく反対のことが起こっているのだ。しかし、最後に紹介するようなことまで果たして笑ってすませられるだろうか。
水道会社のホームページには、
『水を浪費する者を報告してもらえませんか?
もし彼らが水規制を無視すれば、
隣人に報告してもらえませんか? 』
とある。実は、こうした呼びかけに対して、隣人が水を無駄にしているという苦情が何百と水道会社に殺到しているという・・。水道会社はこれをうけて、罰金の通達や警告の書状をだしているようだ・・
確かに水は貴重である。が、隣人が隣人を密告する社会・・資源の奪い合いはこうして先進国でもひそやかに、しかし確実に始まっている。
参考:サットン&イーストサリーウォーター http://www.waterplc.com
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