公開日 2016年5月2日 最終更新日 2016年10月18日
グリーンインフラストラクチャーとは、1990年代中頃に米国で生まれた概念である。それは、土地の利用計画を決定する際に自然環境の重要性を強調するもので、緑を用いた都市基盤のことである。
グリーンインフラストラクチャーの目標は、自然環境を用いて「生命が維持されている」環境を供給することである。これには、レクリエーションなどの人間の尺度で判断する目標と、日陰・水・健全な土壌などの環境的な目標の2つがあるが、それぞれを達成することが使命である。さらにグリーンフラストラクチャーには、都市とその公害で、人間を含むさまざまな生物の避難所(シェルター)を提供する意役割もある。米国環境保護庁(EPA)は、この自然システムの概念を、地域での雨水流出管理に適用するように拡張した。そして、汚染された雨水を処理するためにグリーンインフラストラクチャーを作ることを巧みに実践している。
ランドスケープアーキテクチャーの流れ
グリーンインフラストラクチャーについて語る前に欠かせないのが、ランドスケープアーキテクチャーに対する理解である。ランドスケープアーキテクチャーというのは、一般に「環境建築あるいは景観建築」と呼ばれる技術で、人工的に自然環境を生み出すことである。それは日本において造園と訳されることもあるが、日本の造園が哲学思想を含有した様式美を重要視して、個々の植物や材料によって生まれる「景」に重きをおいて発達してきたのに対し、ランドスケープアーキテクチャーというものは、眺めるための景観の構築にとどまらない。それは、人間の活動やそれによる生態系と自然への影響を常に内包するもので、従来、まったく関係ないと思われていた分野で我々人間が行った環境行動に対して、対価を支払わされている分野である。だからこそ、その負の影響を解決しようとする動きが近年見られる分野でもある。ランドスケープアーキテクチャーの実践では、ランドスケープアーキテクトやデザイナーは、傍観者としてはいられない。その哲学思想の発露としての景観建築を実現する以上のことを求められるということである。(「以上」としたのは、日本の造園との優劣を問うて「以上」とするのではなく、あくまでスタンスや考え方の出発点が違うという意味である)
さて、このランドスケープアーキテクチャーでは、近代のミニマリズムの美的潮流からの影響を組み込むことを経て、最近では生態系の保全や水保全をその実現プロセスに統合することが盛んになってきた。これは、単に美を愛でるために庭や緑化空間、景色を構築するというのではなく、自然にとって(翻ってそれは我々人類にとって)何が有用で何が有益かというスタンスに立って景観を(人工的に)生み出すことが求められているとも言える。汚染をせずに持続可能な環境を次世代に引き継ぐこと、これがランドスケープアーキテクチャーという、空間を生み出す技術が果たす使命なのである。そして、その効果的な方法が見いだされた。それが低影響開発(Low Impact development)である。
低影響開発とグリーンインフラストラクチャー
低影響開発には現時点で確立している幾つかの手法がある。言い換えるなら数種の装置(セル)あるいは施設、数種の形での実践があるといってもいい。
グリーンインフラストラクチャーとは、この低影響開発のひとつの姿なのである。その目標や効能は複数あるが、今日なぜグリーンインフラストラクチャ―を作るのかと言えばそれは、第一の目標に挙げられるのが、都市の硬質舗装面から流出する雨水を管理することである。
従来の雨水管理からグリーンインフラストラクチャーへ
雨水とは、硬質舗装面、路面や芝生などの敷地から流れる雨水あるいは雪どけ水である。開発の先進地域において舗装と屋根のような不浸透性表面は、雨が地面に自然浸透することを妨げ、その代わりに排水溝、雨水管、下水システムへと流出させる。これは次のような負の影響が生じる可能性がある。
- 下流の浸水
- 川岸の浸食
- 浸食と混濁度増加(沈殿物が撹拌されて生じたぬかるみ)による生息地破壊
- 流出ハイドログラフ(時間経過とともに変化する小川の流量を示すグラフ)における雨天時越流水(オーバーフロー)の変化
- インフラストラクチャーの破損
- 汚染された小川そして河川と沿岸水
いままでの雨水管理計画は、合流式下水道や分流式下水道のネットワーク内に雨水を集め、それらを敷地からできるだけ速く他の場所へ運搬することに特化していた。こうして雨水は大規模な雨水管理施設や下水処理場へと送られていた。しかし、低影響開発による雨水管理計画は従来の計画と異なっている。グリーンインフラストラクチャーは、雨天時の敷地計画をその計画内部に含んでいる。種々様々な専門技術を雨水流出の発生源へ向け、雨天時のランドスケープ計画を注意深く制御するよう精力を傾ける。雨天時のグリーンインフラストラクチャーは、雨水を捕らえて浸透や蒸発させ、あるいはそれを再使用をすることで、自然界の水文機能を維持あるいは修復する技術を内包しているのである。
グリーンインフラストラクチャーの利益
グリーンインフラストラクチャーは、環境利益、経済利益、人間に及ぼす健康利益などをもたらすが、これらの利益は互いに密接な関連性を持っている。 これらは緑地が限定的で環境被害がより広範囲に起こって深刻な都心と郊外地区のそれぞれで強調される部分が異なる。具体的には次のようなものがある。
雨水流出の遅延と流出量の削減:グリーンインフラストラクチャーは、植物の吸収能力と土壌の自然保定能力の利用によって、雨水の流出量と最大流量を縮小する。また、地被植物を増やすことで雨水浸透率を上昇させ、流出量の削減に貢献する。
地下水の涵養の増強:グリーンインフラストラクチャー技術のひとつである自然浸透能力は、地下水の帯水層が「涵養」される率を改善する。地下水は河川の正常な基底流量率(ベースフローレート)を維持するのに必要な水量の約40%を提供しているが、それを知ることは重要である。地下水の涵養の増強は、民間と公共による飲料水供給量を押し上げることがある。
雨水中の汚染物質を削減:グリーンインフラストラクチャーの手法は、流出の発生源に近い場所でそれを地中へ浸透させることで、汚染物質が地域の地表水へ運ばれてしまうことを防ぐ。土壌に雨水が浸透すれば、植物と微生物は場所を問わず雨水に含まれる汚染物質を自然にろ過し、分解することができる。
下水管からのオーバーフローの削減:グリーンインフラストラクチャーは、植物と土壌の中での自然保定と浸透能力を利用して、雨水流出量を減らし雨水の放出を遅らせることによって下水管からのオーバーフロー事象が頻発しないように制御する。
炭素隔離(固定)の増加:グリーンインフラストラクチャーの構成要素の一部である植物と土壌は大気中の二酸化炭素を捕らえ、光合成と他のナチュラルプロセスによって大気から取り除く点で、炭素源隔離装置としての役割を果たす。
ヒートアイランド現象緩和とエネルギー需要の削減:都市に自然に存在してきた樹木などの植物によって被覆された地面が、熱を吸収して保持してしまう舗装や建築物に大規模に代替されると、ヒートアイランド現象が生じる。緑による冷却効果が効かなくなるからである。高層建築と路面は、自動車、工場、空調装置などと同様に、廃熱を生じさせたり、太陽熱を吸収して保有したりすることで、熱を内部に集中させる。しかし、従来のインフラに代えてグリーンインフラストラクチャーを設置すると、都市緑地と植物を増やすことことになる。これにより、ヒートアイランドよる影響を緩和して冷房などのエネルギー需要を削減するのに役立つ。樹木やグリーンルーフおよび他のグリーンインフラストラクチャーの構成要素は、また、冷暖房用のエネルギー需要を低下させることで、発電量と二酸化炭素排出量も減少させている。
大気質の改善:グリーンインフラストラクチャーは、都市のランドスケープ空間の樹木や低木その他の植物によって、大気の吸収を容易にする。そして大気質を改善する。樹木は葉による吸着と吸収によって大気を取り込み、汚染物質を吸収し、大気を浄化する。もし樹木などの植物がコミュニティを通じて広く植えられれば、大気を冷却し、また、地表面にオゾン汚染(スモッグ)を作る気温依存反応を遅くすることができる。
付加的な野生生物生息地(ハビタ)とレクリエーションの場所の追加:遊歩道、自然公園、都市林、湿地および植物で覆われた低湿地などは、すべてレクリエーションの場所と野生生物生息地を提供する。すべて一種のグリーンインフラストラクチャーの形である。
人間の健康の増強:多くのケーススタディが、緑の繁茂と生長(グリーンインフラストラクチャーの2つの限界成分)が、人間の健康に明確な影響を及ぼす可能性を示している。最近の研究によれば、樹木と作物と緑地の存在は、都市の注意欠損と過剰混乱に関連した兆候である都心部の犯罪率を低下させ、より強い連帯感を与生み、学業成績を向上させるそうである。また、同じ研究は、近隣の緑と(アレルギーや喘息などの子供の体質)とについてもよい関連性があると述べている。
資産価値の上昇:多くのケーススタディは、グリーンインフラストラクチャーが近隣地区の資産価値を上昇させることを示している。例えばフィラデルフィアにおいて行われた、放棄されて見苦しい用地を「清潔」かつ緑のある景観に変えるという緑空間近代化プログラムは、大きな期待を込められて進められたが、実際に、良い経済効果を及ぼした。放置されていた空地の改善は、その近隣住宅の資産価値を最高で30%まで上昇させることに結びついたのである。
記事協力:EPA
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