ホーム サイトマップ
リッド ゼリスケープ ゼリスケープ気象 ゼリスケープ灌漑 デザイン ゼリニュース セミナーと書籍

 

Shared Wisdom 共有された知恵
−自然を論じる−

翻訳:平松宏城 05.8.8 

 

都市公園に関しては、広大な自然について語るときには起きないような激しい議論がしばしば起きる。都市圏に生活するさまざまな人々が、“都市の自然”とは何かということについて、千差万別の考え方を持っていることもその理由の一つと考えられる・・・そう語るのは米国農務省森林サービス局で20年間にわたり、社会学者としてさまざまな切り口で自然について研究を続けてきたポール・ゴブスター氏‐ASLAである。

ゴブスター氏は今でも、ランドスケープの認識のされ方に関しての先進的な研究を主導しているが、それは人間(活動)に主眼をおいた、広範囲にわたる定量分析を含むものである。シカゴにある北部中央地区森林サービス研究所で資源管理部の実践的な問題に対処するかたわら、人々が自然の価値をどう見ているかということに関しての理論的研究も重ねている。その研究では、園内通路や緑道(人々がそれらをどう評価しているかも含む)、人種的にも多様な人々によって公園がどのように利用されているのかといったことまで網羅されている。

最近の研究では専ら、公園内にある自然保護区の復興保全に関しての社会的な対立というものに焦点を当てている。1996年にシカゴ周辺の森林保護区において計画された、自然のランドスケープを復興保全しようとするプロジェクトに対して起きた反対運動が、彼の研究テーマとしての始まりだった。さまざまな利害関係者の思惑の違いがあまりに大きいことに彼は驚いたのであった。

生態的自然の復興を厳密に定義づければ、ヨーロッパ人の入植以前にあった草原、サバンナ、湿原への回帰を意味するのかもしれない。しかし、多くの公園利用者にとって認識されている自然とは、保護区内で何十年という歳月を経て成長し、保全されてきた森のことである。1938年にミシガン湖の埋め立て地にシカゴ・リンカーン公園の一部として、プレーリー・スクール・ランドスケープ・アーキテクトのアルフレッド・コールドウェル氏の設計によって作られたモントローズ・ポイント(敷地面積11エーカー(約44,000�F))の研究を通して、ゴブスター氏は近年の復興保全計画は、文化的、社会的、歴史的に複雑なものにならざるをえないということを知った。

冷戦時代には国防省はシカゴを守る理由から、リンカーン公園内にナイキ・ミサイル基地を設けた。そして防御フェンスを隠す目的で、外来種のハニーサックルが生垣として植栽されたのだが、ミサイル基地が撤去されたとき、その生垣はコールドウェルの設計した重要なスペースにまではびこってしまっていた。しかし、その冷戦時代の名残としてのハニーサックルの茂みは、数多くの野鳥を呼び寄せ、生息地にもなっていた。結果的には、歴史とも関係なく、自生種でもないその生垣も、数多くのベリー類と野鳥生息地として有名な“魔法の生垣”として知られることになる。そうなってくると、厳密に歴史的なランドスケープの復元を考えた時に、必ずしも重要とはいえないであろうその生垣も、取り除くのは簡単ではない。

研究を重ねるにつれ、歴史的地区として保全しようとするグループは伝説的なコールドウェルの偉業を大切にすべきだと考え、生態学者たちは、そこが埋立地であるにもかかわらず、もっと大昔の風景を再現すべきだと主張するなど、実に多くの文化的価値観が錯綜していることが明らかになってきた。都市に定着している人工的なランドスケープに、自然の復興保全の手法をそのまま用いることには多くの点で無理がある。基準となるべきスタートラインをどこに設定すれば良いのか?彼は自問する。多種多様な価値観を持つ膨大な数の都市の住民たちと自然に対するビジョンを共有するためには、どうすればいいのだろうか?

シカゴの自然復興保全調査で彼が学んだのは、話し合いには常にややこしい対立や確執が伴うということであった。それは各人各様の価値観に基づいた根深いものである。都市における公園というのは、さまざまな人々がさまざまな観点から価値を見出すものであり、それが故に公園の価値について論じるときに、その価値観の相違に基づく対立が表面化するのである。小さな場所に思惑の違う人々が参集したときに、さまざまな主張が噴出して議論の火花が散り始める。多方面から公園の価値が論じられるが、美観を最優先すべきだと考える人が依然多いようである。都市の社会性を構成している多層的な価値観に基づいて、「自然」の定義づけにもさまざまな角度があるということが浮き彫りになる。

このような議論は国中のいたるところで起きている。2004年春に彼はUCバークレーのランドスケープ・アーキテクチュア部と環境計画部に非常勤講師として派遣され、サンフランシスコ・ベイ・エリアに短期的に移り住んだ。

1995年にはサンフランシスコ市で自生植物群落の保護と復元のプログラムを市民公園で立ち上げた。そのプログラムの中では、ある時点で外部から持ち込まれたユーカリなどの植物を自生の植生に切り替えたり、また一部の傾斜面や自然環境保護地区への立ち入りを制限したりしたのであるが、その時にはイヌを放して遊ばせたい人々や樹木保全運動をしているグループなどからの強い反発があった。ゴブスターはそういう人々との対話を持ち、現地見学会を企画し、また新聞記事や出版物、Webなどからさまざまなデータを収集し、解決への糸口を探した。

往々にして議論の対象となるのは、住宅地に隣接した丘の上の公園であることが多いようだ。例えば、ベイビューヒル近くのキャンドル・パークや、バーナルヒルのように小規模だけれども近隣住民が定期的に訪れて手入れをし、当事者意識を持っているような公園である。彼は調査を通じて、利害関係者ごとの問題点と価値観をより深く理解するだけでなく、都市部における人間と自然の交流を促進するシナリオ作りにも役立てている。

ランドスケープアーキテクトとしてまた社会学者として、ランドスケープに対峙するときにただ単純に社会の要求に従うだけでいいのか、それを真剣に考えなければならないとゴブスターは考えている。もっと人智や経験を有効に取り入れる、ヒューマニティー・アプローチとでも呼ぶようなものを、考え方の中に組み入れていく必要はないのだろうか?目の当たりにするいくつもの対立も、都市部の貴重な緑空間の中で徹底的に意見の応酬を戦わせれば、最後には複数の価値観を認識するという次元にまで煮詰まり要約されていくのではないだろうか、とゴブスターは冗談めかして語る。複合的に絡み合った、ややこしい対立関係を解決してくれるような一つの答など存在しないということだけは明白である。彼は、ウィスコンシン大学ランドスケープ学部の修士課程で学んでいた時に、ランドスケープ調査の仕事に関わることになった。その時機、同大学のランドスケープ学部では、後半生のアーウィン・ズーブとランドスケープ学会の意思を継いで、当分野の人間のために“リサーチジャーナル”の創刊を決定したが、そのとき彼の論文が信頼感できる学生による調査論文として高い評価を受けた。(彼は現在も、環境学の博士課程を修得するために同大学に学んでいる)

ゴブスターの解説によれば、ズーブはキャリアの後半において、広く合成的なデザイン手法から離れ、厳格な統計分析に基づいたランドスケープ調査の原則を総合的にまとめる手法に回帰していったという。(詳しくは、2002年8月号Landscape Architecture誌を参照)現在、ゴブスターの調査は、都市公園や園内通路、その他の都市部のオープンスペースが、日常生活の中で頻繁に利用されるリビング(生活の一部)として如何に機能しうるか、ということに向けられている。彼の調査によれば、人々は自然と都会的な建築との対比を好み、花や緑の匂いや鳥の声、または実際に歩くことができるといった、知覚に訴えるものを欲しているということがわかってきた。リンカーン公園での調査で、人々は樹木や芝生を愛する気持ちが強い半面、高層ビルの背景をも好んでいるということがわかった。その両者の対比を美と感じる意識は、どちらか一方に対して持つそれよりもずっと大きいようである。また、都会の中に取り残されたような、古ぼけた小さな橋なども好む傾向がある。

都会の中の“自然”というものを、どう定義するかについての議論は止まないが、都市の中には、小さな谷間、橋の下や線路沿いの空間などの人々が気づいていない多くのもの(資産)がたくさんある。人々は、イヌを散歩させる、ハイキングをする、一人になれる、愛を語る、遊ぶといったさまざまな動機から、ポケットのような小さな空間に魅力を感じる。こうした空間は高層ビル群や高速道路、産業設備などを背にしたもので、厳密な意味での自然とは呼べないのかもしれない。けれども、都市の中の自然という呼び方は許されるべきで、都会のストレスから抜け出す先としても機能するのである。ランドスケープアーキテクトとしてしなければならないのは、こういったポケットのような小空間と、より大きなオープンスペースとをどうつないで行くか、またわずかな残り物(のような場所)に価値を見出し、多様な解釈を認めながら如何に活性化していけるかというところにある。都市の中の自然を、全ての社会に本来備わっていなければならないものとして認識していけるか、人々がランドスケープに接する場面を実際の都市生活の中に組み入れていくことができれば、それによってもたらされる恩恵は数多くあるはずだと、ゴブスターは近著で語っている。

 

次の特集を読む

特集
重圧の下の地球から 
鳥インフルエンザの脅威と各国の対策
自然の脅威不自然な災害ーニューオーリンズの殺人に関した25の質問ー
緑と経済 公園と資産価値の関係
人工衛星は気候に対する都市の影響を照明する
アスベストとバーミュキライトの安全性
Shared Wisdom−自然を論じる−
他のコラム一覧
↑このページtopへ

Copyright©2003 -2008 Japan Xeriscape Design Association. All Rights Reserved.
*本サイトに掲載されている画像や文章等全ての内容の無断転載及び引用を禁止します。