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エル・グレコ=El Greco 悔悛する聖ペテロ
文:小出兼久

(1585〜1590年)
108 x 89.6 cm; oil on canvas
これは、エル・グレコの代表的な聖人画のひとつ、キリスト十二使徒の一人、聖ペテロ(聖ペトロとも呼ばれる)を描いた「悔悛する聖ペテロ」である。登場人物の聖ペテロは、本名をシモンと名乗るガラリヤの漁夫であったが、イエスの召命により、実弟アンデレと共に、彼の最初の弟子となった人物である。ペテロとは岩を意味している。
やがてペテロは、キリスト教の礎を築く存在として、イエスより十二使徒の長(筆頭)に使命される。そしてイエス昇天後は、カトリック教会初代教皇に就き、福音の布教に力を尽くしたが、ローマでネロ帝により迫害を受け殉教した。
新約聖書には「ペテロとアンデレの召命」「鍵を与えられる聖ペテロ」「足洗」「聖ペテロの否定」など、彼が登場する逸話も多い、キリスト十二使徒の中でも、特に重要視される人物である。
エル・グレコは、天上を見上げ祈りを捧げる聖ペテロを含め、スペインでの活動で6点ほど「聖ペテロ」を題材に作品を描いたとされる。が、本作はその最も初期のものである。太陽、雲や風などの独特な色彩を取り入れ表現することによって、当時の画家が制作する聖人画の大きな特徴である、天国と地獄が描かれている。特に潤む上目が良く表現されている。
幻影として描かれた天使とマグダラのマリア。祈る聖ペテロの背後には、天使によってキリストの復活を告げられたマグダラのマリアが、イエスの墓を後にする場面が描かれている。
コラムにも記したが、エルニーニョ(El Nino)は、スペイン語で「男の子」(イエス・キリスト)の意味である。何かエル・グレコの「悔悛する聖ペテロ」は、我々が環境を破壊し続けることに対して重ねられるような気がする。
●エル・グレコ El Greco 1541年 〜1614年●
エル・グレコは、現ギリシャ領のクレタ島出身の画家で、本名はドメニコス・テオトコプーロスという。一般に知られるエル・グレコという名は、スペイン語で「ギリシャ人」を意味する通称である。
当時ヴェネツィア共和国の支配下にあったクレタ島で、初めイコン(*)を学び、のちにイタリアのヴェネツィア、ローマに渡ってティツィアーノに師事し、ヴェネツィア派絵画を学んだ。1577年、グレコ36歳の時に、スペインのトレドに渡り、以後、没するまでスペインで宮廷画家として活躍した。エル・グレコの絵画はマニエリスム、バロック様式に分類される。全体的に暗い画面、縦に長く伸びた構図、複雑なポーズを取る人体、などが特徴的で、彼の死後は長い間高く評価されなかったが、19世紀に再評価を受け、パブロ・ピカソやジャクソン・ポロックなど20世紀の芸術家にも影響を与えた。マドリッドにあるプラド美術館には、彼の作品が多数展示されている。
*イコンとは、キリスト教において神や天使、聖人を記念し、象徴として模られた絵や像で、敬拝(崇敬)の対象とされるものである。ギリシャ語ではエイコーンといい、形を意味する εικσνα に由来する。ちなみに、英語の icon(アイコン) は、ギリシャ語のエイコーンに由来する。 教会では聖像と呼ぶ。 特に東方教会では平面の板に描かれたものや浮き彫りのものを用いる。
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