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悲劇的風景画が語るもの:
Caspar David Friedrich カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ

 


冬季景観 1811年
32.5 x 45 cm; oil on canvas

フリードリヒは、この風景に宗教的象徴主義と共に人間の心を吹き込んでいる。雪で覆われた情景は、冷たく、寒々と見える。しかし、絵画のテーマは救いであり、新しい生命あるいは生命の復活に対する望みを伝えようとしている。
空は、夜明けの明るさを思わせるようにほのかに色づき、雪で覆われた牧草地に点々と見える若枝は、未来に押し進むことを描いている。そして最も目立つ位置で、松葉杖をわきに投げだし、力強いモミの木の中に挿された十字架の前で祈る(石の隅に見える)姿は、フリードリヒ自身である。彼の姿を祝福して、遠くにそびえ立つ神秘的なゴシック様式の大聖堂の尖塔からの鐘の音が響き渡るかのようだ。辛くとも時に情けない姿をさらしても、その情景はどこか凛としていて、なんとなく彼の生き方を教えてくれた絵である。

現代の我々の生活の中にある様々な出来事。楽しくもあり悲しくもあり、山あり谷あり、それに対して、フリードリヒが伝えようとしている、人間としてのメッセージがある。

 

●Caspar David Friedrich 1774-1840●
カースパー・ダーヴィト・フリードリヒは、19世紀のドイツロマン派における、代表的な作家の一人である。彼は、「悲劇的な風景画」という新しい分野を開拓した。これまでの宗教画のイメージを捨て去り、自然を基軸とした絵を描いている。
1774年、ポメラニア地方に生まれ、1794-98年にはコペンハーゲンのアカデミーに学んでいる。その後ドレスデンに移り住み、ロマン主義運動の芸術家たちのメンバーとなり、後にドレスデン・アカデミーで教鞭をとる。
当時、ドイツロマン派の画家であれば、画家の間でローマへの旅行は不可欠であった。がしかし、彼はローマへ行かなかった。それは、南方の地中海の快活で明るい風景が、彼の禁欲的な精神を崩壊させはしまいかという危惧があったからだと言われている。フリードリッヒの風景は終始、北ドイツ地方やバルト海沿岸などの荒涼として峻厳な風景、あるいは、ザクセンやハルツ地方の険阻な山岳の風景から想を得ている。

 

その美しい木々、丘、港、朝霧、光は、熱心な自然観察の賜であると同時に、それだけに終わらずに、精神的であり、何か見えないものへの畏怖を感じさせる。彼の絵画の重要性は、魂と象徴的に共鳴する風景画を生み出したことにある。
フリードリヒは、広大な風景と光に精神性や象徴性を与え、自然に対する恐れ、畏怖の念を描いた最初の画家である。彼特有の冷たく厳しい色、澄んだ光、鋭い輪郭は、もの悲しく、孤独で静寂な空間を創り、自然が不気味な力を持っていること、その自然に対する人間の非力を表現している。

 

神はどこにでも存在している、と彼は記している。
1835年に、彼は孤独と貧困の中で亡くなった。死後、その名声は急速に消えてしまい、19世紀後半〜20世紀初頭になって再評価された。彼の作品は、私の心に残る作品でもある。

 



雪の中の修道院の墓地 Cloister Cemetery in the Snow
1817〜19年頃

Oil on canvas 121 x 170 cm



冬景色 Winter Landscape
Oil on canvas、32.5 x 45 cm



● 2006年:兼久の独り言 ●

 

今年も事件、事故、災害が多かった。確かに色々なものが壊れ、時を刻んでいる。
昔「聖書の庭」を出版したとき、なぜ神は箱舟に「植物を乗せなかったのだろうか?」と考えた時期があった。このコラムを書き始めたときも、同じような気持ちがあった。多くの画家は自然に生かされ自然を観測していたのだろうと・・・そして、このコラムが生まれた。

 

今年は聖書にまつわる本と映画が話題になった年でもあった。映画や書籍の『ダビンチコード』、ユダの福音書の発見、さらに12月には『聖書の謎を追え』というDVDがナショナルジオグラフィック社から出た。その中の第2話に「ソドムとゴモラ」というのがある。以前、このコラムで書いた話である。→

 

12月10日。日本経済新聞21面の「美の美」を読んだ。「崇高なる廃墟」(中)・・・不気味さ潜む風景・・私の一番興味深い世界でもある。が、絵画は何を伝えようとしたのかという独り言とは別に、絵画に描かれている気象や自然は、確かに今の気象や環境とは違う。そのことを思うと、我々のランドスケープの真意は、やはり分岐路に立たされている気がする。今改めて絵画の気象や自然と向き合うことが、時代を超えて、ある意味で警告を受け取ることではないかとも考えている。それぞれがどう感じるかは別として・・・・・。

 

日経記事の抜粋

・・・人は汚いものを抑えるために奇麗とはこういうものだというモデルを見せ、ピクチャーとして額縁に押し込む。しかし、一方で汚いもの、怖いものは裏に隠れていて、何かのきっかけで表に噴き出す。それを絵として表現するのである。「廃墟の美」は、きちんと作ったものが崩壊した物理的廃櫨の美しさというよりも、「理性や合理主義によって抑圧され、隠された不合理なもの、不気味なものが、崇高な廃嘘として現れてくることではないか」と高山教授。 ピクチャレスクによって顕在化した「崇高な廃墟の美学」は十八世紀英国で終わったのではなく、現代の文化にも脈々と引き継がれている・・。

 


「理性や合理主義によって抑圧され」というところを、「自然は我々の多くの開発や合理主義によって抑圧され、隠された不合理なもの、不気味なものが・・・」と置き換えてみた。

 

芝生の間に別な植物が芽を吹く、これらは総じて汚いものである。自然は美しくあるもの、緑はこうあるべきものと、芝生に人生を語るクライアントもいる。その次には、葉が落ちるから否(あるいは汚い)と、花に虫がつくから否(あるいは汚い)という類の会話が飛び出てくる。デザイナーは困惑しながらも・・・「自然は美しいですね」と返答する。そうではないか?自然は汚さ醜さも内包するのだが、それでもやはり「自然は美しい」と言えまいか?

 

先日、久しぶりに京都の庭を見た。そこにはかすかな命の音が聞こえてくる。木は四季を映し文化を伝えてきた。・・・100年昔ですか・・・?と答えた。
そして町に出て行く。新しい公園の木は合理主義によって無駄がない。しかし、街も公園も100年後、命の音が伝わってくるのだろうか?それとも、我々は宣告される退廃の街の中で暮らし続けるのだろうかと・・・

独り言が多くなり始めた2006年師走である。2007年が素晴らしい年になるように祈っている。

 

 

画家たち

ジェームズ・リネール
ジョン・ミレイ
ジャン=フランソワ・ミレー
 
エル・グレコ
カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ
ジョン・コンスタブル
ジョン・マーチン

絵画名

豪雨を非難する聖ニコラウス
 

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