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JXDAの月例研究会とは、毎月テーマを設け、専門知識を持ったメインスピーカーが提供する情報や研究成果をもとに、情報や意見、アイデアを出し合い、目標に向かって行動を起こしていくものです。
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■7月度研究会 2004年7月28日実施
メインスピーカー:特定非営利活動法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世氏
サスティナブルコミュニティの実現
< 現代日本の課題:資産形成となるコミュニティ> 1.資産価値について考える
サスティナブル(持続可能な)コミュニティとは
エコノミカル(経済的)にサスティナブルでなければならないというのが、アメリカでは常識である。それからエコロジカル(生態的)にサスティナブルであることが求められる。日本ではエコロジーの面からしか捉えていないことが多いが、サスティナブルコミュニティとは経済的に資産価値が落ちないことが重要であり、両者を求めるのが常識なのである。アメリカでは一般に住宅の価値は、毎年6.5%上昇している。欲しいと思う人がいるから資産価値が上がるのである。
価値定義語の混同使用 お客が手に入れたいと思うものは、資産価値のある住宅であるが、その人が欲しいのはその効用である。効用とは使用価値とも言い、デザイン・機能・性能のことである。これらは金銭ではかることができない。日本では、価値・使用価値・交換価値が混同して使用されている。すなわち、
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価値・・・金銭ではかる値。
使用価値・・・デザイン:美しさ/好みではかる。
機能:使いやすさ/にくさではかる。
性能:耐震、防火、断熱など各々の性能の物差しではかる。
交換価値・・・お互いに交換して満足を得られるものを言う。
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家を買おうと思う人はその効用(使用価値)が欲しい
↑↓ この交換が不動産取引 業者はお金が欲しい。
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例1)人の価値
人の価値とは、マーケットで買ってくれる価値すなわち給与である。
人の使用価値とは能力のことで、それは能力をはかる物差しでないとはかれない。
そして、能力があるからといって市場のニーズに合わなければ(金銭)価値があるとは限らない。
例2)数寄屋建築とスーパーボード住宅
数寄屋建築
数寄屋建築は、性能表示(防火性能・断熱性能・遮音性能など)では全く評価されないが、
作るとなると大変高価であり、又大変人気がある。それは何故か?
答えは、価値のある材料を使い、価値のある労働者が、長い時間をかけて作るため。
価値があるのは当たり前である。
スーパーボード住宅
スーパーボードは、断熱性などの性能表示が良い建材で、これを使っている住宅は高く売られている。ところがこの材料の価値はない。そこでこの住宅は中古になると半値から1/3の値になる。実はこれは値崩れではなく、元が高いのだ。本来性能は使用価値であり、金銭でははかれない。数寄屋建築のように、どれだけそこにお金をかけたのかがそのものの価値であるのに、性能を金銭で(高く)はかろうとしているのが誤りである。
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2.不動産金融の現状
日本の不動産金融
日本では、図面は金融公庫の検査基準と仕様書を満足させるだけで、住宅の価値は審査されていない。融資金額は住宅メーカーの申告金額の言いなりで、本当にその金額を貸していいかどうかの判断は、借り手の所得証明書や生命保険金額が融資金額を上回るか否かということだけである。
総建設戸数の半分が金融公庫の融資付きという現状から見てもわかるように、ハウスメーカーが詐欺行為、金融公庫が詐欺幇助、国土交通省が裏で後押しするという行為で、不動産金融は、不動産の価値を見ないで貸すということをやってきた。金融機関が等価交換をやっていないのは現在まで続いている。世界を見ても日本だけがサラ金・街金なのである。
アメリカの不動産金融
アメリカの金融は質屋金融である。(モーゲージローンと言う。)これは借りたい人の返済能力に応じてお金を貸すもので、万一の時には質草を売り払えば、貸したお金が返ってくる、建物の価値以上は貸さないというものである。20年の融資には20年間、建築に融資元本の価値がなければならない。そこで、融資の間、資産価値が低下しないためには、皆が欲しいという家を作らなければならないのである。
3.資産価値のある家
ロケーション主義
家には、一にも二にもロケーションが重要である。ロケーションが街の雰囲気・デザイン・格式を決定する。通勤に便利、通学に便利、進学校・スーパー・病院などに便利というロケーションが購買の判断を促す。つまり家を買うことには、そこに住むとどのようなものが付いてくるのか、それが生活機能を満足させるのにふさわしいのか、ということが重要な判断材料なのである。従ってロケーションが良ければすぐ売れる。
参加者の質問:すべてを備えた宅地ではないが、開発業者としてそこを売りたいときにはどうしたらいいのか。
戸谷氏:上手くいかないときには、その土地のロケーションに応じて、(対象となる)お客を絞り込むとよい。
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例3)ミシシッピー河川流域の開発
この事例では、一般住宅地にも娯楽・休閑施設にも出来なかった地域を、プレ・リタイアメントハウスとして、退職予定者を対象に宅地開発を行った。近くに学校などの施設を必要としないので、金銭をかけずに環境についての厳しい条件を付けて、ミシシッピに落ちる夕日が眺められる美しい環境開発で売り、大変な人気を博した。高いハードルは、それを越えることにより、居住者に「ここに住む」ということに誇りを持たせた。現在では学校が無くても若い人が住むという現象も起こっている。
ロケーションによる客の絞り込み
アメリカではまずマーケットリサーチがあり、それを経てどのような人たちを購買の対象にするか決定するシャレット(マーケティング、経営者、都市計画家など多数の専門家からなる一種の会議)にて開発地区の骨組みを決める。建築家はこの時点で選出される。
例4)南町田マークスプリングス
南町田のマークスプリングスは、このような取り組みを日本で行った開発の例である。
5.4ヘクタールの土地に740戸があり、街の中心の戸建ては7000-8000万円台で販売された。比較的豊かな所得層による740戸と、地価負担能力が高いために、ここは将来に渡っても資産価値が落ちないだろうと考えられる。
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4.不動産価値の現状
アメリカの不動産価値
原価積み上げ方式 土地原価+建物原価+粗利=売価
見積(積算):材料・労務共に数量を出す。積算された直接工事費はどこでやっても同じである。
積算+利益=見積額(売価)となる。予算がなければ、分割に応じたり、数量を減らす、デザインを簡素化するなどして、利益を減らす(まける)ことはありえない。このため、(後は施主が完成させる)未完成住宅も多い。
日本の不動産価値
プライス+プライス+粗利・・下請けが沢山入ればそれだけ値段が高くなる。
2000万の建物が買える人に一億円のモデルハウスを見せて、2000万円の物件、実値は1000万円程度のものを買わせる。建築業者が一番重視する営業の方法は、「手ばなれのいい住宅を売ること」と言われるが、手ばなれがいいのを好むのは売り側の都合であり、実は、手ばなれの悪さは企業の責任感でもある。それが、顧客に対する信用や実績を作る。呼称があれば、直せばいいのだ。自分のお客は最大の営業マンである。アメリカでは、リピーターや顧客の口コミ、紹介がその7割をしめるといわれるが、日本では売ったらおしまいが多い。

<資産形成:経済的に見たサスティナブルコミュニティ>
資産形成の経緯を歴史的にたどることにより、日本の参考にと考える。
英国の荘園領主の資産形成
-リースホールド-
荘園領主(ランド・ロード)は、土地は財産なので売らずに貸す、リースホールド(定期借地)を行った。「貸さない」というスタンスで貸し、自分は労働することなく、持ち続けた土地は大きな資産となっていった。
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●荘園領主の小作人への土地の貸し出し
20年土地を借りて耕す。
↓ 20年後、土地が肥沃になると、賃貸料は高くなる。
だめならば、貸さない。
●都市地主の土地の貸し出し
※制限約款を付けてよい建物を作らせる。
20年土地を借りてタウンハウス(都市の下屋敷)・工場を造る。
↓
20年後、素敵な建物付きの土地は、賃貸料が高くなる。だめならば、貸さない。
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リースホールドの期限はどんどん更新されていき、30、40、50・・・・ついに99年までとなった。この間に地主とアパート業者などの要求は相互に高まり、お互いに良い資産としての街並みづくりに貢献した。街並みは、美しい街並みしか残らないものである。むろん建物は建てた当時のままでなく、中は時代に沿って、リ・モデルリングされている。
ハワードによる都市経営
-田園都市-
自らが荘園領主になることにより、都市を経営しようとしたのがハワードである。リースホールドによる街づくり。しかしあまり上手くいかなかった。
アメリカのサブディビジョンによる都市建設
-フリーホールド-
アメリカではリースホールドからフリーホールドへと進み、開発業者による土地の払い下げをサブディバイダー(宅地分譲業者)が切り売りし、資産価値のある街づくりを行ってきた。彼らは、ストリートスケープの重要性をアーキテクチュラル・ガイドライン(建築指針)に盛り込んだ。そうした開発の特徴は次のような点である。
1.セットバックの義務づけ
街が良い・街並みの景観が良いためには、スペースが豊かなことが必要と考え、サブディバイダーは、アーキテクチュラル・ガイドラインにセットバック(前面後退)を義務づけた。およそ道路幅員の倍位である。これにより、フロントヤード(前庭)は個人所有であるが、街並みとしてまとまってきた。一軒一軒が異なっても、多様性の統一というか、あるルールでまとめると美しいものである。例えば、チャールストンはまさにそういう街である。
2.ファサードを重要視
ファサードはその建物の顔であるので、力を入れる。側壁は化粧の必要がない。セットバックで減った床面積は建物を側面に広げることにより解消する。側壁が隣とつながった家もある。
3.公園の設置
その開発にある公園の大きさで街の格式が決まる。公園のない街は街でないと考えたらしく、サブディバイダーの開発条件にも取り入れられている。また、公園を作ることでヒューマンネットワークが形成され、セキュリティにもなる。
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例6)ゲーティッド・コミュニティとTND(伝統的近隣住区開発)
ゲートは侵入者を阻む目的で作られるが、最近ゲートを付けた街づくりが増えている。しかしその内部の犯罪率は他の地域との差はないようである。
TND(伝統的近隣住区開発)では、徒歩で歩ける街づくりを行っており、そこでは、表を歩く人と話ができるように、リビングポーチを作りなさいというのが代表的である。これはセキュリティにもなり、安全な街をつくることになる。
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4.スマートハウス
当時スマートハウスとは電気がすべての部屋にあることであったが、エネルギー管理は大事というのがこれからの流れである。既存の市街地からゴミを出さないで、街の構造を変えて行くことも重要と考えている。例えば既存の構造壁を化粧壁として残し、新たに構造壁を作るといった、建築の例もある。
5.デザインの重要性
家の良さはデザインの良さである。デザインが一番重要で、機能や性能はあって当たり前なのである。
アッシャーによる都市環境主体の確立
チャールズ・アッシャーは、街を管理する主体を法人として作った。これがHOA(ホームオーナーズアソシエーション)の創設である。例えば、一週間に一度芝生を刈るというルールを持つ街区で、芝生を刈らない家があった場合、その街全体の印象が悪くなる。そこで誰かが代わりに刈り、HOAは、その費用をその家のオーナーに請求することになる。もしオーナーが払わなかったら、HOAはその建物を押さえることができる。裁判でもHOAの言い分は100%支持されるのである。
建物価値
建物価値は次のようになる。
1.コストアプローチ(推定再建築費)
この建物を今作るとすればどれだけの費用がかかるのかということである。建築は消費資産ではない。その材料は有限だが、建物は壊れたら直せばよく、毎年の経済成長により、最低2-3%は上がる。
2.リ・モデリング
修繕や改築は再投資として捉えられる。投資であるから、その全額あるいは少なくともその6.5割分はリ・モデリングにより、上がる価値と考える。
3.ランチョ・ベルナルド
作り始めて40年、未だに作り続けている住宅街として例に挙げられるランチョ・ベルナルド。ここでは、もし自分の土地・住宅を今買おうとすると、今では値上がりして買いたくても買えないという現象に出会う。このように土地と建物は不可分の不動産で、住みたい街を維持する限り、価値は上がり続ける。

<日本での課題>
日本では、地価は上がったが街はボロボロという現象が多く見られる。帝塚山・田園調布・芦屋なども同様で、日本の大都市には世界にあるような高級住宅街が存在しなくなってきている。これはマンションの進出が原因である。マンションが建つと地価負担能力が上がり、そこの地価が上がるが、資産価値は上がらない。マンションの業者は帝塚山などで、今までの周囲景観を利用して、高く売り抜けるが、マンションが出来た後の景観は低下する。こうして街はボロボロになってしまう。相続税でも相続できないということが起こるという悪循環が起こるのは、日本だけで、こんな馬鹿な話はない。
今の時代にやらなければいけないこと
1.都市熟成プログラム
土地を持ち主を法人化し、株式として皆が所有するようにする。法人は、相続税を支払う義務はなく、また、株式ならば財産分与もしやすい。借り手も個人よりも法人から賃貸できて安心である。これは制度的には可能であると思うし、可能でないならばそうできるようにしなければならないと考える。
2.リースホールド(定期借地;簡略して定借)
土地は売り買いをしないで、リースホールドにすべきである。高い評価を受けた土地は税金も高くなり、マイナスの資産と化している。これをプラスにするのが定借である。従来日本で定借が根付かなかったのは、売り抜けのために業者がそれを行ってきたからで、その上に建てる不動産にまで制限約款などのこだわりがなかったからである。現在では定借を行うと、およそ国債の2倍の利回りが見込めるようである。
最後に
今のこの業界は、エンドユーザーが幸せになってくれることを産業の基盤にしてこなかった。私は、自身の自戒もこめてこのような話をしているが、少しでも正していきたいと、本日この場でもお話しした次第である。日本は、不動産取引で等価交換が行われていないことが悲劇である。建物の形体・デザインを如何に価値(金銭)に置き換えるのかという不動産学がわからないままに、価値・使用価値・交換価値を混同し、建物を評価しきれていない。どのように資産価値のある街を作っていくのか、住宅業者も考えてこなかった。私は、一軒一軒やっていくしかないと考えている。皆、それが出来て初めてわかるのである。20戸、50戸とやるよりも、自分がプレイングマネージャーとなり、監督から下請けまで引き受けられるようにして、年間3戸でも食えるような、少ない戸数で飯を食っていく方向がいいのではないかと考えている。(了)

感想
最近ではセットバックという言葉も知られてきて、日本で若干は実現してきた感があるが、そのスケールはまだまだ小さい。道幅を広くとり、公園を大きく作り、HOAを設立し、ガイドラインに賛同する者だけが住んでいる街。こうした輪郭は理解しているつもりでも、開発の側からは「えいやっ」と飛び出す勇気がないという声も聞こえてくる。
これを打開するには、互いに十分に事例を学習して、賛同するクライアント・デザイナー・施工業者などが一つのチームになり開発にとりかかるしかないと思う。その過程には建築家との協議も入ってくるだろう。いつも建築の後塵を拝すランドスケープ、という仕組みを変えていかなければならない。また、経済性・価値も当然のように語っていかなければならない。建築とランドスケープが人や社会とつながっている、そのつながり方を再認識せよと、実感した研究会であった。
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