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 >>ゼリスケープを読むキーワード解説                           

環境、気象、経済、政策など地球上で起きている様々な事項や現象について、ゼリスケープをよりよく理解するための専門用語を、事例を交えて解説します。

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第9回 花粉症


 2〜4月頃に、スギやヒノキなどの樹木の花粉が主な原因になって鼻炎、結膜炎などのアレルギー反応を起す病気を花粉症という。ヒトの体には、細菌やウィルスなどの外敵から身を守る免疫反応があるが、この免疫反応が花粉に対して過剰に反応してアレルギーを起すものといわれている。
 ヨーロッパなどではイネ科の牧草カモガヤ、アメリカではブタクサの花粉症が先に発症したが、スギ花粉症は1964年に報告されて以来日本でしか見られないにもかかわらず世界三大花粉症に数えられ、現在では国民病とまで呼ばれるようになっている。
発症以来約40年、現在に至ってはスギ花粉症患者は約1,300万人ともいわれ、日本国民の約10人に1人が花粉症という計算になる。都市部のほうが山村よりも発症率が高く、東京都が1996年度に行った調査では、5人に1人が花粉症にかかっているという結果が出た。

 この直接の原因になっているのは、日本のスギの植林事情が大きく関係している。
 スギは200万年前には既に日本に存在し、縄文・弥生時代には全国に広く分布しており、優秀な材木として生活に利用されてきた。時に神木や天然記念物となる古木も多く、ヒノキに並び世界に誇れる日本独自の歴史的な文化財的存在であった。
 しかし、1960年代戦後の経済復興の中、拡大造林と呼ばれる林業政策によって、住宅建材としての需要からスギ植林が盛んに行われ、人工林が増えていった。その後の経済成長に伴う国内需要に国産材の供給がついていけず、バブル期の円高から海外の安価な木材が輸入されるようになった。その上、賃金の高騰や労働力流出などが重なり、林業は衰退し、人工林も枝打ちや間伐などの手入れがされないところが多くなった。花粉飛散の適齢期に達した30年生のスギ林が、手入れ放棄されて荒廃したことで、よりいっそう盛んに花粉を飛ばすようになったのである。
 日本の森林面積は、2512万ヘクタールで国土面積の約7割を占める。人工林面積はその約半分の1036万ヘクタールで、うちスギが44%、ヒノキが25%を占めている(「森林資源現況調査」林野庁。2002年3月現在)。現在、林野庁では樹齢30〜40年のものから優先的に伐採しているが、思うように進んでいない。

 これらのスギ・ヒノキの人工林は、元来日本に自生していた広葉樹混交林を伐採し、植林を行ったものである。
 森林には保水機能があるが、それは樹木そのものや根よりもそれらを支える土壌が、水分を蓄えるの大きな役割を果たしている。森林土壌の表面は落ち葉やそれらが腐ってできた有機物の層でできていて、その下に砕けた岩石と有機物が一緒になって作られた土の層の体積は多くが空気の孔を含んでいる。この団粒構造に水は蓄えられ、山から木がなくなれば、団粒構造を作っている土壌が雨で洗い流され、山は保水力を失うことになる。
 単種針葉樹林であっても、枝打ち、間伐などの人工林管理がされていない森林と、手入れの放棄された森林とでは大きな違いが出てくる。枝打ち、間伐などが全く行われないと、うっそうと暗く下草も生えないため、生存する動植物が限られる。元来スギなど針葉樹の落ち葉の特質としてリグニンという物質が多く含まれており、広葉樹の落ち葉とくらべ分解されにくいので土壌微生物が育ちにくい。その結果、土壌の団粒構造が生成されにくく、水は土壌に浸透しにくくなる。単種であっても下草などの多様性があって、土壌の有機性が保たれるのである。
 広葉樹林は、落葉樹が多くさまざまな樹種が混交しているため、特別な手入れをあまりしなくても、日光や風が入りやすく下草が生え生物多様性が保持されてきた。自然に土壌の有機化が進み土壌の保水機能が保たれている。広葉樹の根は地中の奥深くへ入り込むが、スギ、ヒノキなどの針葉樹の根は地表の浅いところでネット状に横へ広がる。大規模な地崩れが発生し、人工林が根こそぎ崩れているのを見るのはその両方の要因が考えられる。
 単種人工林である以上、枝打ち、間伐など適切な手入れがされないと、森林の保水機能、生物多様性は保持されにくく、病害虫や風雪害の被害も受けやすくなり、下流の土砂災害の原因ともなり、地下水涵養にも大きな影響を与える。また本来の目的である、住宅建材として製品価値を上げるためにも、こまめな枝打ちによって「節」のない木材をつくることが不可欠でなる。人工林の適切な手入れをすること、そして間伐材の有効利用を計画的に進めることで、国土保全、地域振興、エネルギー供給の面から新しい可能性を見いだすことはできるはずだ。

 また、今年のスギ・ヒノキ花粉は、全国的に例年(過去10年の平均)に比べてかなり多くなるといわれているが、これには地球温暖化も大きく関与しているといわれている。地球の温暖化によって夏の気温が上昇すると、スギ雄花の成長が促進され、スギ花粉の産生量が増加する。さらに花粉の飛散開始日が早まり、飛散期間の延長がもたらされ、スギ花粉飛散数はますます増加する。このまま気温が上昇し続けると2050年にはスギ花粉の飛散量は約1.7倍に増加するとも予想されている。

 その他、都市環境の悪化も大きく影響を与えている。ディーゼル自動車から出される微粒子などが、過敏性を高める原因になっていることが明らかになり、また二酸化窒素(NO2)などの大気汚染物質や気密性の高い住宅による室内大気汚染も花粉症の悪化に関係するという指摘もある。都市部の舗装化によって、本来木から離れた花粉の大部分が自然の土に吸着されずに、地面に落ちた花粉も風で空中に舞い上がり、ヒトが吸い込む確立が高くなっているといったことや、日本人の食生活の変化から、今までにないアレルギー反応を産むようになったなど、様々な要因が考えられる。 

 花粉症という問題から、地球環境の悪化はもとより、本来日本の将来に関わる国土の計画が、いかに先を見通せずに来たか、花粉症とは人的環境開発から招いた「環境問題」という人災であるということが浮き彫りになる。現代人の多くが苦しめられているこの現象は、国土の大部分を占めるランドスケープ政策のいかんと地球環境悪化による、現代の落とし子ともいえよう。
 世界的にも植林を二酸化炭素の主要な吸収源と位置付ける動きが加速化している中、日本国土の中の森林政策は根本的に見直される必要にある。本来の環境と経済を見極めた政策が、今求められる。

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企画:森山晶子