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 >>ゼリスケープを読むキーワード解説                           

環境、気象、経済、政策など地球上で起きている様々な事項や現象について、ゼリスケープをよりよく理解するための専門用語を、事例を交えて解説します。

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■第2回 流出抑制

都市化が進むと、それまで洪水を未然に防いでいた自然のメカニズムが破壊され、排水路や河川は氾濫しやすくなり、洪水が起こるようになる。これは山林や田・畑の持っている雨水を地中へ浸透させる機能(保水機能)や地表で一時的に貯留する機能(遊水機能)が失われ、河川や排水路への雨水の流入が一時的に多くなるためである。これらを防ぐために、排水路や河川の整備を進めるとともに降った雨を地中に浸透させたり、一時的に貯留することにより雨水が排水路や河川へ流れ出すのを抑えるのが雨水の流出抑制である。

日本の国土は,細長い地形の中央に高い山脈が走り,低地が少ない。そのため川は高地から低地へ一気に下るという特色がある。少ない低地に大都市が集中しているのが現状だ。統計によると,国土の約10%に当たる河川の氾濫区域の中に,全人口の半数が居住し全資産の75%が集中していると言われる。

また、季節の変化が激しく降雨量が多い。近年,特に世界規模の気象変動の影響もあり,各地で雨の被害が相次いでいる。記憶に新しい今年7月の新潟県栃尾市ではの一日の雨量は421mm。同市の7月の平均雨量は242.6mmで2か月分近い雨が一日で降ったことになる。福井県では、美山町での1時間に88mm、一日の雨量は285mm、福井市でも75mm/時、198mm/日の雨となり大きな被害をもたらした。過去には1999年に1時間に77mmの雨が降った福岡市、同91mmを記録した東京都練馬区、そして2000年97mmの時間雨量に加え、一日の雨量が428mmと桁外れだった名古屋市などは典型的な都市水害といえる。これまでの「想定」を遥かに超える豪雨が高度化した都市を襲っている。
さらに、梅雨や台風など夏の短期間に雨が集中し安定的な水供給ではないため、一方では同時に各地に渇水も多く引き起こしている。つまりは、自然現象による水が多くあったとしても有効に使われず、また被害をもたらしているという実態がある。

都市水害を理解するためには、2つの視点が必要となる。1つは洪水という自然現象、もう1 つは水害という社会現象についてである。洪水でいえば、量より質、つまり洪水の期間に流れる全量の変化より、ピーク時の流量だけが極端に大きくなってくることである。水害ということでいえば、従来は水害にならなかった洪水氾濫でも水害になってしまうということである。 都市が造られると、それに伴って道路が整備され、その道路には側溝が造られる。当然、住宅には雨どいが作られ、できるだけ早く川に雨水を流そうとするようになる。そのため降る雨の量が昔と変わらなくても、降った雨が川に到達する時間は飛躍的に短縮されることになる。もともと、地中にしみ込む雨の量はたかが知れているもので、どんなに自然が残っていても、短時間に大量の雨が降るとしみ込まないで流れてしまう。逆に言えば、しみ込む程度の雨なら洪水は起こらないとも言える。降った雨を時間を短縮して流そうとするから洪水が起きるのである。そうした現象から都市型洪水が起きる、と関東学院大学教授の宮村忠氏は言う。

従来までは,下流での堤防の構築,上流でのダムの構築といった河川の整備,つまり,降った雨を川から海へ流すという水の通り道としての「器」の整備を中心に進めてきたわけだが、それだけでは対処できなくなってきているのが現実である。川だけでなく「流域」全体として,保水・遊水機能を取り戻すことで,水が一気に川へ集まろうとするのではなく,時間差をつけて川へ流れ出るようにしてやるのが「流域としての洪水流出の抑制」の方策であり、「河川の改修」と平行して進めるというのが、建設省の進める「総合治水対策」である。

流出抑制には、透水性舗装の採用や調整池や放水路を設けるなど様々な施策があるが、都市部では、人工的に公園やスタジアムの地下部などを遊水池・調整池とする試みも始まっている。また、地下にトンネル式の河川を設けたり,下水道を増補する対策が行われており、「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法(大深度利用法)」が制定されたことにより、地下調節池・放水路等、地下空間で洪水から都市を守るためのプロジェクトが動きはじめている。

同時に、これらの雨水は単に流出抑制するだけでなく、地下水涵養、植栽への灌水、生活用水、公園などのアメニティ用水などにも利用の可能性がある。米国では集中降水をストーム・ウォーターと呼び、特に乾燥地域では重要な水資源として貯留・活用が行われている。
ゼリスケープの概念は、水・緑・土壌の関係を有効に使い、土壌や雨水、貯水、そして都市排水(下水)および廃水処理システムをうまく機能させることにある。ランドスケープを通して余剰な水を水資源として活用することは、米国では早くから発達し多くの事例がある。

ワシントン州キング郡にある汚水処理施設の周辺敷地を利用してつくられた公園である「ウ ォーターワークス・ガーデン」では、汚水再生水の一部と施設敷地内の40エーカーの不浸透性舗装から集められたストーム・ウォーターを、大小11の湿性地によるバイオフィルターシステムで濾過し、その水の一部を植物の灌水に利用している。ただの汚水処理場にとどまらず、敷地全体計画をアーティスト主導によって行われ、地域で水循環システムと自生植物について知ることのできる市民の憩いの場となっている。また同じくワシントン州シアトルにある「メドウ・ブルックボンド」は、ドブ川を再生しオーバーフロー対策として緩衝池を掘り、その土砂を盛り上げたバームに自生植物を植え、自然を再生させたコミュニティパークとなっている。 また、コロラド州デンバーでは、ウィリアム・ウェンク(ランドスケープアーキテクト,FASLA)氏が多くのストーム・ウォーター・ガーデンを手掛け、ステイプルトン空港の新コミュニティ開発が4,500エーカーの広大な敷地の中で、公園と工業緑地のオープンスペースがストーム・ウォーターの地上集積機能となり敷地内で活用されている他、多数の事例がある。(詳しくはマルモ出版『ランドスケープ・デザイン』NO.32 P.112〜「ゼリスケープからストーム・ウォーターの事例」を参照)
日本でもランドスケープアーキテクトによる、流出抑制機能と灌水・アメニティ機能を保持した公園が一部で設計され始めている。

ますます予測のつかなくなってくる気象環境の中、特に都市における洪水を未然に防ぐには、都市内部での河川への流出抑制ができる都市計画が今後ますます必要になってくることはいうまでもない。その中で、貯留水の二次利用と市民のコミュニティを実現させるために、行政主導に留まらず、的確な知識を持った民間ランドスケープアーキテクトの起用が必要とされているのである。

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企画:森山晶子