>>会員のページ
JXDAロゴ
ホーム 連載記事 イベント(準備中)  
> 最新号  
 >> 世界ゼリスケープ事情


JXDAは、ゼリスケープの観点と必要性から、あらゆる地域のランドスケープ開発(都市整備・建設・公共施設など)を行う企業や協会、団体のプロジェクト情報を、独自のネットワークより提供しています。

************************************************************* 

■米国アイダホ州ボイジー市
民営水道局による水保全活動

米国アイダホ州の州都ボイジー市の民営水道局が中心となった水保全に向けての活動を紹介する。Boiseは、ボイジーまたはボイスと発音し(便宜上、以下ボイジー)、どちらも並行して使われている。元々、フランス語で「森」を意味するles boisに由来するため、City of Trees(森の都市)という呼ばれ方もする。ボイジー市の年間降水量は約12インチ(約300mm)と、コロラド州デンバー市とほとんど変わらない。それでも樹木が豊富なのは、標高の差による湿度の違いと、土壌の違い(コロラドは乾いた赤土なのに対して、アイダホはシルトを含むローム層)によるものと考えられる。ボイジー市の現在の人口は約21万5000人であるが、アイダホ州の1990年代の人口増加率は全米で3番目に多く、市の人口も2050年には42万5000人に増加すると予想されている。また、それに伴う年間水道使用量も、現在の157億ガロン(約596億L)から450億ガロン(1710億L)に急増すると見込まれている。将来的な人口増に伴う水不足対策は、いわば世界共通の問題であるが、米国中西部においては特に喫緊の課題としての危機感が強く、それはここボイジーも同様である。

アメリカ全体では上水道事業の15%が民営化されているが、ボイジー市の水道事業を担っているのも、ユナイテッド・ウォーター・アイダホという民営水道局である。因みに、この社名が使われ始めたのは、ユナイテッド・ウォーター・リソース社が、同じく民間企業であったゼネラル・ウォーターワークス・コーポレーションと合併した1994年の翌年からであるが、民営水道事業の歴史は長く、アイダホが州として認められた1890年代に遡る。

ユナイテッド・ウォーター・アイダホは、一般市民向けの各種教育プログラムを通じて水保全の推進を図っている。これらの教育プログラムの運営は、水道局が中心となってはいるが、アイダホ植物園やアイダホ大学、市当局、その他関連組織との連携を図りながら、より多くの住民に向けて水保全意識を高める啓発運動が行われている。

ユナイテッド・ウォーターが実施している水保全活動の主なものは、次の通りである。

 水効率を高める市民向けランドスケープ講座
  • 水道局スタッフ、大学職員ら専門家が講師となり、ゼリスケープの7つの原則に基づいての、一般市民を対象とした講座を開設している。週1回の講座を、1月末から3月中旬にかけて行うもので、全7回。1回につき1つの原則を学んでもらえるようプログラムされている。
  • 14年間の実績を持つこのプログラムへの参加希望者は年々増えており、次回分については既に200件以上の問い合わせがあり100人以上の参加が見込まれている。
 児童向け教育プログラム
  • 児童参加型の演劇で、雨、川、海、蒸発、地下水など、水の形態ごとに子供たちに配役をふりわけ、水がどのように循環しているかを学ばせる。
  • 汚染物質が地下浸透する仕組みを、ペットボトルなど透明な容器を利用して、清涼飲料水、アイスクリーム、トッピング用のチョコレート・チップなどを用いて実験したり、雨の音がするレインスティックを工作したり、子供が楽しみながら水保全に親しめるようにしている。
 個人住宅向けの灌水システムチェック

1995年からこれまでに3,250戸で実施されており以下のような項目を調査している。

  • スプリンクラー散水の均一性検査(芝生の数箇所にカップを置き、一定時間散水した後、溜まった水の量から撒き方のバラつきを調査する)
  • 土壌の質、芝生の根の深さと、最適灌水量との関係
  • スプリンクラーの稼働時間と土壌への水の浸透具合 リ 水道メーターと実質灌水量との比較から、漏水の可能性の有無
 その他、灌水実施方法として以下のように指導
  • 涼しい時間帯の灌水を推奨する。(午前2時から午前10時までがベスト。その次に良いとされるのが夕方から夜にかけて)
  • 隣家との灌水時間をずらすことで、一定以上の水圧を確保してスプリンクラーを効率的に稼動させる事の有効性を理解させる。
  • 樹木、潅木、グラウンドカバーなど植栽の種類によって、ドリップ式、ミスト式など適切な灌水器具を選択する。
  • 蒸発散値(ET)に基づいた植物ごとの必要灌水量を把握し、灌水量を調節する。

ユナイテッド・ウォーターの水保全プログラムに関して、協力関係にある団体のひとつにアイダホ植物園がある。同植物園は、NPOによって運営されており、地域住民や観光客のための美しい環境を提供している。50エーカー(約20万�F)の敷地は、元々アイダホ州刑務所にある農場であった。この刑務所は1973年に閉鎖され、その後の12年間はそのまま放置されていたが、1984年にリース契約が締結され、岩と瓦礫と雑草で荒れ果てていた土地は、耕され、整備の行き届いた植物園として生まれ変わった。ここでは、自生植物の育成・紹介の他、地域住民向けの各種イベントやワークショップ、結婚式、学校の課外授業、園芸教室などが幅広く行われている。美しいランドスケープの中で、教育プログラムとリンクしながら、植物やガーデンに関する技術的なことに加え、環境保全の重要性を訴えている。

ユナイテッド・ウォーターが主催する、水保全のための教育プログラムが14年の実績を持つことは先に述べたが、当初はこのプログラムに対して懐疑的な意見の方が多かったという。それが14年という歳月を経て、広く市民に認知されるまでに成長している。その教育プログラムの核になっているのが、前述のようにゼリスケープの原則であり、水保全を推進するに当たって、その実効性は間違いなく認められている。

また、この成功のもうひとつの理由としては、水道局が中心となって築き上げたネットワークがある。市当局、植物園、自然教育園(ネイチャーセンター)、フィッシュ&ゲーム(環境保全とレジャーを司る州政府組織)、大学、芝生生産者などが水道局を軸に連携し、有機的に補完し合いながら、水保全、環境保全、生態系保護を推進するシステムは、他州にも例がないほど緊密なものである。ボイジー市の水道局は前述の通り民営であるが、飲料水の安定供給は経営面からの至上命題でもあり、また民営水道局であるがために柔軟かつ積極的に各所に働きかけができるとも言えよう。これは、コミュニティーの利益にも合致する。同じ目的意識をもつ人や組織がパートナーシップを築いて行動し、それが持続しているボイジー市の取り組みは、そのパートナーシップがうまく機能している好例であるように思われる。

*本サイトに掲載されている画像や文章等全ての内容の無断転載及び引用を禁止します。

文・平松宏城