Vol.127   「回想録:オルムステッドの哲学」

オルムステッド(Olmsted)が目指したのは、自分が何をするにせよ、アメリカ社会を改善しようとすることであった。彼は、都市の中心に広大なレクリエーションと文化的成果を置くというビジョンを持っていた。彼は、公園をただの広大な牧草地とは見ずに、人々が生活から逃避して正気を取り戻すために機能する調和の場として見ていた。彼は、どのような人生を歩む人であっても、すべての人々がこれらの公園を利用できるようにしたかったのである。

オルムステッドは共生感を促進しようとした。共生感とは共有されたコミュニティの感覚 であり、人々のコミュニティに向けられた献身的なサービスである。ランドスケープ・アーキテクトの役割についての彼の概念は、彼の社会的および政治的懸念と同じくらい幅広いものであった。オルムステッドは、自身の仕事を、幅広いレクリエーションニーズに合わせて公共の公園や公園システムを設計することでアメリカの都市を形作る方法であると、見なした。
オルムステッドは、彼の設計の心理学と人々への視覚効果について高い期待を持っていた。彼は、都市生活のストレスと人工的なものに対する完璧な解毒剤は、牧歌的な公園を素敵に散策することであると信じていたのだ。彼は優美な起伏のある緑の芝生と散在して生長する木々のある場所を予知した。そうした環境が静寂の感覚を促進するだろうという考えを信じて推進した。オルムステッドが見ていたのは、さまざまな景観のテーマと相反する用途を分離することによって、公園から生じる静穏の感覚である。

オルムステッドは、この時代の他のどのランドスケープアーキテクトよりも一貫して分離と従属という原則を適用した。従属は彼が設計した公園の中で行われたが、そこでは注意深く構築された散歩道や小道が、緩やかな勾配とゆったりしたカーブのある景観に沿って流れるように配置され、これを視る者は動きに対して最小限の注意しか払わない。同時に、オルムステッドが公園に組み込んだ構造の多くは、周囲に溶け込んでいる。彼の造った公園システムでは、景色を楽しむための大きな公園を設計することによって、分離が達成される。他の活動のためのより小さなレクリエーションエリアと、歩行者の動きと車両の通行を「パーク・ウェイ」が処理して、これらの大きな公園を相殺した。

設計者としてのオルムステッドには、アメリカの自然景観の影響が見られる。彼はまた、ネイティブな地域の社会構造と価値体系にも大きく依存していた。もう一つの大きな影響は、アンドリュー・ジャクソン・ダウニング(Andrew Jackson Downing、1815-1852)である。ダウニングはおそらく、田舎を改善した「現代建築法」の最大の推進者であった。

オルムステッドは、公園の田舎の絵のような風景が、混雑した都市環境の閉そく感や不健全な状況と対比してそれらを打ち消し、すべての階級が牧歌的な経験を熟考し楽しむことのできる場所を提供することによって、社会を強化したと信じていた。彼は、境界に沿って密集した植栽で商業的交通を分離して除外し、この目標と調和していない土地のすべての使用を阻止することによって、日常生活の侵入から完全に「快楽の敷地」を選別しようとした。 彼はまた、景観をできるだけ多くの都市の人々にとって身近なものとするように努めた。その結果、すべての人が恩恵を受けることができた。

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Kanehisa.Koide について

2005年55歳の春、東京の街を離れた。 人間の利害関係は、特に目先の欲にかけては、それこそすばしっこい者が多いが、自分を大成するのに役立つ貴重な問題を捕えたり、自分に潜在している大切な能力を発揮する段になると、案外鈍な者のように振る舞うが二枚舌を持つ。 時々見かける人物で、朝起きて新聞を見ても、さほど深刻でないニュースの活字が並ぶ記事を特に珍しくもないスキャンダルや政治家の揚げ足取りには我先にとお題目のように唱える。ついでに汚職に賄賂は、傲慢な企業と政治家の特権と問題をすり替える。どこにいても、隣近所の挨拶もせぬ社会の中で、集団では行動をとり、またすぐ引く。もっと人間の根源に関わる大切な言葉などとは程遠い社会の中で生きていく。 最近の若い者は、イベントは細目に見に行くが、親の顔はめったに見に行かない。つまらぬ「問題小説」は買いに走るが、良書を教えてもなかなか買いに行く暇がないと言う。愚劣なことには頭も体もよく働かせるが、貴重なことにはとんと怠慢なのが世の常である。 さて、今日も一日元気でいることが何より。本音で語るも、本音で生きていきたいと願い、空を見上げてお天道様と相談である。
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